第24話 魔術士のひらめき

 アクア・マリンドールはアパートメントから出てきた、あのヘンテコな二人の片割れの女性がかけていた瓶底眼鏡を見た時に「これだ!」と、ひらめいた。魔眼鏡を使ってネンデの指輪を探すという手段を思いついたのである。


 魔眼鏡とは通常は目に見えない魔力を可視化するための魔道具の一種だ。魔術士の魔力に反応するもの、魔法使いの魔力にも反応できるもの、さらには魔力源の発生にも反応を示すもの、など種類や性能は様々だが、それを使えばネンデの指輪を探し出すことができるかもしれない。

 ネンデの指輪のセンターストーンは魔石だ。かなり強力な天然の魔石であるから、目に見えなくとも、魔力源が放出されているのだ。魔眼鏡で探せば、ゆらゆらと揺らめく魔力の波動が映るはずだ。

 あの刑事たちについて行ってよかった。そのおかげで魔眼鏡のことに気が付いたのだから。自分で自分を慰めて、アクアは魔道具屋に向かった。



 だが、その考えが浅はかであったことにアクアは気づいたのは街の小さな魔道具屋を数店回った後だった。

 魔術都市サルカエスでならともかく魔術があまり浸透していないアルムウォーレンで、そんな高価な魔道具が簡単に手に入るわけがなかった。


 何件か店を回ったが、どこも個人商店で店自体が小さく取り扱いも無かった。


(考えてみればそうだよな。魔術後進都市だもんな。魔術を普及するためにこの街に来たんだもの。魔眼鏡がどこでも売っているようだったら、僕が派遣されるわけもないよな)


 がっくりしながらも、諦めきれず、右往左往した結果、アクアは古臭い店に辿り着いた。

『魔術堂サリル商店』であった。

 露天商が立ち並ぶお世辞にも治安が良いとは言えなさそうな商店街の一角にある傾いた店。店の外観を見ただけで、諦めたくなるほどの期待感ゼロの佇まいであった。この辺りでは珍しい種類の蔦植物が外壁にへばりついており、小窓の中は客商売をしているとは思えないほど薄暗い。天井から吊り下げられた魔術ランプが橙色の明かりを揺らしているから開店しているのだとわかるくらいだ。


 まあ、ここまで来たのだがら一応は覗いてみようか。アクアは店の扉に手をかける。無ければ仕方がない。部下のケベルに事務所を二、三日任せて、他の都市に買い付けに行くか、来週までに取り寄せて貰うようにどこかの店に交渉するしかない。

 期待もなく、ため息をつきながら扉を開けたアクアだが、扉の中に目をやるや、驚きのあまり目を見開いた。

 店の中には所狭しと魔道具や魔術具が置かれていた。パッと見ただけで、狭いながらも先ほど回ったどの魔道具屋よりも品揃えが良いのがわかる。一目見ただけで店主の『わかってる』感が伝わってきた。サルカエスで流行ってる最新の魔道具もあれば、古くから魔術士達に支持されている定番商品もある。魔源液を濾過するためのフィルターなどは、サルカエスでは人気のために品薄になる上級者向けの良品がいくつも置かれているし、今ではプレミア価格になっている魔道具も定価で置かれていいた。穴場だ。

「すごい……ここならあるかも」

 魔術士が少ない街だからこそ、これだけの店なのに、客に荒らされることなく残されているのだ。期待は否応なしに高まる。アクアは宝の山を見つけた気持ちで所狭しと並ぶ魔術具、魔道具を眺めた。うっとりとしてしまったが、今は魔眼鏡を探さねば。

 アクセサリーのエリアを見つけて棚の上から見ていく。火石の指輪に魔石のイヤリング。水晶のネックレスに龍眼のペンダント、鬼骨のブレスレット。そして……あった。魔眼鏡だ。折り畳まれ並べられた様々な形の眼鏡が陳列されている。

 レンズの色もフレームの形も素材も様々だ。ツルに魔術文字が刻印されていて「いかにも魔道具です」と主張が激しいものもあれば、ふだん使いもできるおしゃれな眼鏡もある。まあ形状についてはなんでも良い。機能が重要なのだ。じっくり並べられた魔眼鏡を見ていく。

 古代文字を翻訳できるものや、魔術士の魔力を感知できるものは、いくつか種類があるが、肝心の魔力源の発生を感知できるものが見当たらなかった。

 こんな時は素直に店主に聞いてみるのが早いだろうと、アクアは店の奥のカウンターに座る店主の元に足を運んだ。

 カウンターには起きているのか寝てるのか、うつらうつらと白い頭を前後させている老婆がひとり。


「すみません。魔石からでる魔力源を確認したくて、魔眼鏡を探しているのですが、こちらのお店には置いてありますか?」

「……おや。お客さんかね。暇で寝とったわい」

 あくび交じりに返事をした老婆がのっそりと顔を上げる。その顔を見てアクアの表情が変わった。

 しわくちゃの老婆の顔はどこかで見た顔だったのだ。老婆も同じように「あっ」という顔でアクアを見つめていた。ほんの一瞬、互いに見つめあってしまったが、老婆の方が先に表情を緩ませた。

「こりゃあ珍しい子が来たねぇ。どれどれ、成長した顔をよく見せてごらん」

 そう言って懐から丸い眼鏡を取り出して掛ける。眼鏡をかけた姿を見てアクアもピンときた。

「……べライトさん? そうだ、べライト先生じゃないか! 魔天楼閣で非常勤だったサリル・べライト先生でしょ!?」

「ひひひ。お前さんはガリアクラスのアクアじゃろう。アクア・マリンドール。あだ名だって覚えとるぞ。【藍玉の魔王候補】」

 ニヤリと笑って魔天楼閣時代のアクアの二つ名を言う。

「もう、やめてよ。久しぶりに聞いたよそのあだ名。恥ずかしいんだから」

 アクアは苦笑いしながら頬をかく。

「思い出したよ。べライト先生は地方で魔道具屋を営みながら、月に一度だけ魔天楼閣に魔術を教えに来てたんだったよね。地方ってアルムウォーレンだったんだ、知らなかったなぁ」

「いひひ。そうじゃそうじゃ。懐かしいのお。それももう一〇年も前のことじゃよ。今はここで日がな一日居眠りじゃ」

「懐かしいね。べライト先生が辞めてから、魔天楼閣も色々大変だったんだよ」

「風の噂で聞いておるよ。まあ、あの学校が大変じゃなかった時期なんてないじゃろうがの」

 サリル・べライト元教師は目尻の皺を弛ませ懐かしそうに微笑む。長年かかわってきた学校の色々な年代の問題児のことが思い浮かんでいることだろう。

「そっか。べライト先生は昔から先生だったんだもんね」

「そうじゃ。生まれた時から先生じゃ。ひひひ」

「っと、そうだ。思い出話もしたいけど、探し物があるんだった」

 昔話は後でもゆっくりできる。今はネンデの指輪を探すために魔眼鏡を手に入れなければならない。

「魔眼鏡ないかな。魔石から出る魔力源の発生が見えるやつ」

 尋ねるとサリルは渋い顔をした。

魔力源鏡マジック・グラスじゃな。……あることにはある」

「ほんと!? やった!」

「じゃが、売ってやれん」

「なんで!?」

「別に意地悪を言っとるわけじゃないぞ。先約がいるのじゃ」

「先約?」

「そうじゃ。お前さんより少し前に来た客が買うと言ったんじゃが、手持ちが無くてのぉ。銀行に下ろしに行ったんじゃ。慌てん坊な客だよ、まったく」

「そんなぁ。在庫はないの?」

「ない。この街じゃ売れんからのう」

 なんてことだ。こんな時に限って運が悪い。もっと早くこの店を見つけていれば。悔やんでも悔やみきれない。

「発注して、って言ったら何日かかるの?」

「早くて一ヶ月じゃな。職人も減ってるから生産数も減っとるんじゃ」

 それじゃ間に合わない。来週の月曜日には支部長が視察に来てしまうんだ。露天で買った安物の指輪じゃごまかせるわけがない。

「困ったなぁ。なんとか、今ある在庫を僕に譲ってもらうことはできないかな。参ってるんだよ」

「ふん。それは自分で交渉してみることじゃな。なにせ、その客というのは……」

 そこまで言って、何か含みを持った顔で口をつぐむサリル。

「ん? なに?」

「いや。ところでお前さんはこの街に来てから、あたし以外の知り合いには会ったかい?」

「いや。誰にも会ってないよ。誰か知ってる人もこの街にいるの?」

「……う、ううむ」

 サリルは口ごもって視線を逸らした。なんだろう、とアクアは考えたその時、後ろで扉が開く音がした。

「サリル婆さん。ごめんごめん。財布取ってきたよ」

 なぜだかわからないが、なんだか懐かしいような声がして、アクアは振り向いた。

 扉を開けて立っていたのは、黒い髪を背中まで伸ばし、シャツにベストを合わせた細身の人物であった。どこかで会った人だ。見覚えがある。

「あっ……」

 その黒髪の人物はこちらを見るなり、あからさまに慌てた顔をして顔を背けた。


「もしかして、君は……」


 あの時と、見た目は少し違うけれど、アクアは覚えていた。

 アクアは思わず一歩踏み出した。



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