第23話 探偵たちの作戦
「おい! 変装するにしても、どうして女装なんだよ! 気色が悪いっ!」
エルメラルドがポニーテールを解いて憤る。
「まあまあ、無事に逃げられたんだからいいじゃないの。怒らないでよ探偵さん」
意地悪く笑う金髪の少女リンダ。二人はアパートメントから離れた舟乗り場に来ていた。
「口紅なんかも塗りやがって、あーもう」赤く染まった唇をハンカチでガシガシ拭く。その様子を見ていたリンダの口元から笑みがこぼれた。
「探偵さん、本気でメイクしたらめちゃくちゃ美人なんじゃない?」
「やめてくれ、そんな気はない。それに、この眼鏡もなんだ、度が入ってないじゃないか。こんな分厚いダテ眼鏡をしてたのか君は」
瓶底眼鏡を取り外してマジマジと見る。ツルに細かく古代文字らしきものが書かれていた。
「あ。なんだ、これ魔道具か」
「ええ。
クリッとした可愛らしい目でウインクして、リンダはエルメラルドの手から眼鏡を受け取る。眼鏡がない方が可愛い気もするが、エルメラルドは口には出さなかった。
「へえ。魔術士のことは嫌いなのに、魔術士が作った魔道具は使うんだな」
「“火の魔法使いを倒したいなら炎の魔法使いになれ“ってことわざがあるでしょ。そういうことよ」
聞いたことのないことわざを言い、鼻を鳴らしてリンダはご満悦顔だ。
「初めて聞いた言葉だな。多分だけど意味が違うと思うぞ」
「そうかしら。でも、これのおかげで魔術士が近づいてきたらすぐにわかるの。だから、魔術士にすれ違うときは息を止めるようにしてるの」
「なんだよそれ。別に魔術士が近づいたって害はないだろ。そういう意識が差別を生むんだよなぁ」
呆れ顔のエルメラルドにリンダはフンッとそっぽを向いた。
「魔術士なんか信じられるものですか」
「こうして行動を共にしている、私のこともか」
肩をすくめて見せるとリンダは笑ってペロリと舌を出した。
「探偵さんは別。大した魔術も使えなさそうだし、それにへっぽこだもんっ」
二人がこの舟乗り場にいるのは、何かあった時のための集合と事前に決めていたからだ。ララもあの様子なら警察のアホコンビからうまく逃げて、じきにここにやって来るだろう。
それにしても、とエルメラルドは先程の魔術士のことを思い出す。
(まさか、あいつがこの街にいるとは参ったな)
かつての旧友がアルムウォーレンに居たとは思いもしなかった。しかも、『藍玉の魔王候補』と呼ばれたアクア・マリンドールが、だ。彼とはエルメラルドが魔天楼閣にいた六年間ずっとルームメイトだったから裏も表も互いに知り尽くしている仲であった。
アクアは魔天楼閣に入寮した当初は真面目で無駄口も叩かない大人しい生徒だったが、アリサのイタズラに毎度巻き込まれる内に、次第に表情も豊かになり本音も見せるようになった。
優しすぎるのと考えすぎるが故に優柔不断でどっちつかずになりがちな性格が欠点といえば欠点だったが、退路が無くなった時や、本気で何かに夢中になった時は、実力以上の力を出す男だった。
卒業後は担任のガリア・メジスト教師の後を継ぎ、
ガリアの期待を背負って協会本部で働いているのだろうから、自分から異動願いを出したとは思えない。何か重大な事件があって、サルカエスから派遣されたと考えるのが妥当だ。
もしや。
警察のアホコンビと一緒にいたということは、あの『緑の雨』に絡んだ捜査でこの街にやってきたのではないか。
『緑の雨』は現状では通販詐欺というセコい犯罪しか行っていないが、協会がわざわざ魔天楼閣の人間を派遣したのだとしたら、警戒すべき組織と認識されているのかもしれない。
となると、やはりあのチラシに書いてあった代表者の名は本当か。アリサがやはりこの街にいるのか。魔術士協会がアリサの行方を追っているという話も聞いたことがある。
エルメラルドはキラキラ光る運河の水面を睨みつけた。リリのことももちろん気になるが、アリサがこんなくだらないことをしているのだとしたら、止めなければならない。
そんなことを考えていると、道の向こうから手を振ってララ・マグナガルが現れた。
「二人ともお待たせしましたぁ!」
いつも元気な人だ。肩の力が抜けた。
「お姉さま。心配しておりました。大丈夫でしたか?」
「全然、楽勝よ。さて、今後はどうしましょうか。刑事さんたちはアパートの大家さんの所へ聞き込みに行くみたいよ。尾行してみましょうか?」
さすが記者だけある。やる気充分だ。
「あのアホコンビについていっても良いことはありませんから、それはやめましょう」
「アホっぽいもんね、あの人たち」とリンダもエルメラルドに同意する。
「あっ。そういえば探偵さん。何か手がかりを見つけたって言ってなかった?」
「ああ。そうだった。これがあればあの刑事たちを出し抜けますよ」
エルメラルドは、頷いてポケットからキラキラ光る小さな粒を取り出した。
「……これは?」ララがエルメラルドの手のひらを覗き込む。
「魔石片です。昨日、私がリリさんを止めるために使用した魔石のカケラです。リリさんの衣類か何かに付着していたのでしょう。部屋の机の下に散らばっていたんです」
「それが何の手がかりになるのですか?」
「この魔石は“石”とついていますが、正確には高純度の魔樹液なんです。非常に硬質な液体ですね。この一欠片だけでも魔煙草の一〇倍以上の魔力源を秘めています。それだけの魔力を身につけたまま移動したなら、特殊なレンズを通して可視化すれば、魔力の痕跡を辿ることができるかもしれません」
要はリンダがかけている魔術士の魔力を感知できる魔眼鏡と原理は一緒だ、とララに言おうとして、リンダが魔法使いだと言うことを内緒にしていたのを思い出して口をつぐんだ。危なかった。余計なことを言ったらまた罵られてしまう。
「でも、まだリリ様だってお風呂くらい入るでしょ。そのカケラが残っているかなぁ」
「ほら、この魔石は相手の魔力を封じ込める力があると言っただろ。このカケラにはリリさんの魔力も混ざっているはずなんだ。だから調べればリリさんの体や服にもうカケラが付いてなくても、彼女の魔力自体を追跡することもできる……と思う」
「魔力の足跡をたどるってことですね。ずいぶん便利な物があるんですねぇ」
ララは両手を合わせて感心している。
「ええ。便利ですがそのぶん高価です。大変高価です。ララさん。経費で請求しても良いですか?」
「うふふ。ご冗談を。ではその魔道具を使えば、リリがどこにいるのかわかるかもしれないということですね。簡単に手に入るものですか?」
エルメラルドの提案は軽くかわしてララが話を進める。
「うーん。魔術都市サルカエスなら、比較的手に入りやすいんですが」
エルメラルドが首をひねると、ララは細い顎に手をかけ、少し考え込むような仕草をした。
「魔術が普及していないこの街の魔道具屋さんには無さそうですね……」
その不安はエルメラルドにもあった。なにせ、この街にある魔道具屋は品揃えが悪い。
「そこですね。まあ行ってみなければわかりません。何件か回ってみましょう」
「わかりました。私は念の為、刑事さんたちの後を追って大家さんに接触してみます」
「リンダは何をしたらいい?」
「危険があるといけないわ。あなたは帰りなさい」
「ええ!? お姉さま! リリ様をお守りするのがリンダの使命です!」
「気持ちは嬉しいけど……。じゃ、あなたも魔道具屋を回って、その魔道具を探してもらえるかしら」
「……わかりました。魔術士の営む店なんて行きたくないですけど、お姉さまの頼みなら」
少しだけ不満そうな顔をしたリンダの手をとって、ララは微笑んだ。
「ありがとうリンダちゃん。頼むわね」
「は、はいっ! が、頑張ります」
ピンと姿勢を正してリンダが答える。
「手分けして探そうな。ついてくるなよ」
エルメラルドが呆れてため息をついた。
「じゃあ各自、進展は夜に伝話で報告し合いましょう」
「了解」「わかりました」
顔を見合わせた三人は頷いてバラバラの方角に出発した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます