第16話 探偵に魔法少女はダメ出しをする

「探偵さん。あなたを誤解していたわ。あなたはちょっと魔術は使えるけど、やっぱりタダのへっぽこ探偵だったのね」


 定食屋。テーブルの向こうに座る金髪おさげの少女は、瓶底眼鏡を曇らせてズルズルと麺を頬張りながら、悪態をついてくる。

「魔術を覚えたての女の子ひとり捕まえられないような、へっぽこ探偵さんに頼ったリンダが馬鹿だったわ」

 正面に座る長髪の男が黙っているのをいいことに言いたい放題だ。


「……あのね、リンダ君。口にものが入った状態で喋らないでくれるかな。お行儀が悪いぞ」

 へっぽこ、へっぽこと言われ、少し傷つきながらも、長髪の男——エルメラルドはアゴをしゃくって言った。片腕を包帯でぐるぐる巻きにされているので食事がしづらい。

「私だって、落ち込んでいるんだ。高価な魔石を二つも使用したのに、あの娘の魔力を奪うこともできなかった。こんなはずはない」

「怪我より魔石のことを気にするのね。卑しい人」

「うるさいなぁ君は。怪我は大したことはないの。すぐに止血したし、この程度の傷ならば家に帰って魔力を溜めれば、治癒魔術ですぐ治る。だけど、彼女に使用したあの魔石は高価な品なの。いざという時にしか使わないし、使うならば、ミスは許されないの。それを二つも使ったのに成果なし。落ち込むのも当然だろう」

「なーにが、止血したし、よ。リンダが包帯を巻いてあげたんじゃない。ちゃんと感謝してよね」

「こんな下手くそな巻き方、初めて見たぞ」

「あー、何よその言い方。感じわるーい」

「ふん、一人だったらあんなヘマはしなかったんだ。変なのがついてくるからこんなことになった。魔石も無駄にしたし、怪我もしたし、おまけに晩飯まで奢らされてるんだ。文句の一つも言いたくなる」

「嫌な男ー!」

 そばかすをまぶした頬を膨らませてリンダがむくれた。


 二人がいるのはエルメラルド馴染みの定食屋だった。怪我ではなく包帯のせいで片腕が使えなくなったエルメラルドは仕方なくスクーターをニトロの店に預けた。

 そして、適当に食事を済ませて事務所に帰ろうとしたのだが、金髪おさげの眼鏡娘は呼んでもいないのに勝手についてきたのだ。


 そこは観光客向けのおしゃれなレストランとは程遠い年季の入った店で、油で床が滑る常連客ばかりがいる傾いた店でだった。カウンターの上には古い魔伝道無線機ラジオが置かれぼやけた音で流行歌が流れている。


「しかし、あの小娘は一体なんなんだ。浮遊魔術に魔術障壁、召喚魔術まで使いこなすなんてあり得ないぞ。魔術学校の最高峰、魔天楼閣に入学したって習得するには相当時間がかかるものだぞ」

「認めたくないけれど、リリ様はやっぱり天才だったってことじゃないかしら。本当は野蛮な魔術なんかより、魔法を覚えていただきたいけれど」

「いや待て、センスがいくら良くたって、三日で魔術を使いこなすなんてことはあり得ないんだ。納得できん」

「じゃあ、この通販のチラシが本当だったってことじゃない。聞くだけで魔術が使えるようになるレコードってのをリリ様は聞いたんじゃない?」

「それこそありえない! 魔法使いの君ならわかるだろう。魔力を扱うのはそんなに簡単なことじゃない。それに、こんなチラシあからさまなインチキだって、一目瞭然じゃないか」

「でも、実際にリリ様はすごい魔術を使ったわけでしょ。探偵さん、現実は認めなくちゃ」

「……君に言われると腹が立つなぁ」

 エルメラルドは不満げだが、リンダの言うようにリリが魔術を使ったのは事実である。なぜ彼女が高等な魔術を使えたのか、それはわからないが、事実として魔術を撃ってくるのならば、対策を練らねばなるまい。

 魔術に対抗する手は魔術しかない。魔力源を体内に取り込んで魔力を精製しておかなければ、次に対峙した時に勝ち目はないだろう。箸を口に運びながら戦略を考えていたエルメラルドであったが、ふと気がついたことがあった。


「……あれ、考えてみたら、本人を探し当てて、帰るように説得したのに、拒否されたんだから、これで私の仕事は終わりなのではないか」

 箸を運ぶ手を止めて首をかしげる。我ながら考えてみれば、もっともである。ララにも伝えた。『無理矢理に連れ戻すようなことは、私のポリシーに反するので出来かねます』と。リリが帰りたくないという意思表示をしたのだから、これにて調査終了ではないか。

 報告書を作って、あのインチキなチラシをララに渡して、あとはご自身で連絡をとって妹さんとお話しください、と言えばおしまいではないか。自分の仕事はリリ・マグナガルの居場所を突き止めることで、それ以上のことは業務外だ。自分は警察でも正義の味方でもないのだ。なんだか雰囲気に流されていたが、危険なことに首をつっこむ必要はないのだ。


「探偵さん。何を言ってんのよ。あんな犯罪組織にいたらリリ様も逮捕されちゃうかもでしょ。リリ様が前科者になっちゃうなんてイヤ。ちゃんとリリ様を連れ戻してよ」

「待て待て。彼女は自らの意思で、組織に入って、このインチキチラシを撒いてるんだろ。ならもう仕事とは関係ない。個人の意思は尊重する。それが私のポリシーだ」

「はいはい、でたポリシー。ポリシーで首くくって死んじゃえば。もういいわよ。へっぽこ探偵には頼みませんよ」

 リンダはそう言ってテーブルの上に、チラシを出した。

「リンダ一人でリリ様を奪還するわ。そうしたらリリ様もリンダの愛に気づいてくれるものね。さてさて、えーっと何か情報はないかしら、あっ、裏に入金先の住所が書いてあるじゃん。気づかなかった。……えっと魔術結社『緑の雨』代表はアリサ・ファイアドレスね。ここに乗り込めばリリ様に会えるかもしれないわね」

 瓶底眼鏡を近づけてチラシをひっくり返すリンダ。

「……おいリンダ君、名前をもう一度言ってくれ」

 見落としていた代表の名前を聞いて、エルメラルドの声の調子が変わった。

「何よ、へっぽこ探偵さん。あなたにはもう関係ないんでしょ」

「いいから、代表者の名前をもう一度言ってくれ」

 真剣な表情でエルメラルドが言う。

「代表の? えっと、アリサ・ファイアドレスって書いてあるけど、それが何か?」

 バン、と乱暴に立ち上がったエルメラルドはリンダの元からチラシを奪うように取り上げた。

「わぁ!?何すんのよ」びっくりしているリンダは無視して、食い入るような目でチラシを睨む。確かに代表者としてアリサ・ファイアドレスの名前が記載されている。

「なんなの、知ってる人?」

 エルメラルドは「ああ」とだけ答えた。

「ふうん。アリサ・ファイアドレスねぇ。聞いたことあるような、ないような……。まあいっか。どっちにしたって、もう探偵さんには必要ないんでしょ。チラシ返してよ。明日ここの住所に乗り込んでリリ様を取り返してやる」

 チラシを取り返そうと手を伸ばすリンダを制したエルメラルドは真剣な表情で首を振る。

「私が行く。君には荷が重いかもしれない」

「どういう風のふきまわし? 探偵さんの仕事は終わりじゃないの」

 腕を組んでリンダが批難の声をあげる。

「リリさんについては終わりだが、知り合いに頼まれていたことを忘れていた。このチラシを撒いてる組織のことを調べてくれと言われていたんだ」

「何よそれ、まあいいけど。わかったわ。じゃあ明日、お昼すぎに学校に迎えに来て。一緒にその住所に乗り込みましょう」

「一緒に?」

「ええそうよ。あなたはその組織について調べる。リンダはリリ様を説得する。お互い目的は別でも行動は一緒の方がいいでしょ」

「……ああ。わかった」

 素直に頷いたエルメラルドだが身の危険が伴うかもしれない場所に、こんな半人前の魔法使いを連れて行くことはできないと思っていた。

「約束よ。ちゃんと迎えにきてね」

「ああ。約束は守る」

「ポリシー?」

「当然だ」

 真顔で答える。が、嘘である。時に嘘も使う。大人とは必要な時には嘘をつく生き物なのだ。

「ま、探偵さんが来なかったら一人で乗り込むけどね。念の為に住所はメモっとこっと」

 エルメラルドの嘘を見抜いているのか、リンダはため息とともに吐き捨て、スラスラとチラシの住所を手帳に書き込んだ。抜け目のないリンダの行動に、さっさとチラシを閉まっておけばよかったと、少し後悔したが、彼女が学校に行っている間に乗り込んでしまえばいいか、と自分に言い聞かせた。日曜と平日の朝は仕事をしないポリシーがあるが、ポリシーに縛られないのももちろんポリシーの一つだ。エルメラルドはそうと自分に言い聞かせた。

 店を出ると、リンダは集合時間について、何度も念押しして帰って行った。真顔で嘘をつき、リンダを見送ったエルメラルドは、スクーターが無いので船着場で乗合舟を掴まえて、自宅へと向かった。


 明日のための準備は怠らない。もちろんそれが……ポリシーであるからだ。




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