第14話 探偵は駆ける。魔法少女は追いかける。

 ニトロの店がある島は、東西に細長く伸びた三角形の小島だ。石畳みのメインストリートが一本あるだけの狭い島だが、その通りを挟みこむように白い壁の商店街が続き、様々な店が立ち並んでいる。白夜の時期は夜になっても人通りは多い。

 この島から、別の区域に渡る方法は二つ。メインストリートの東西に掛かる橋をどちらかに渡るか、乗合舟で運河を渡るかだ。

 舟に乗られてしまうと追跡は難しいが、チラシを撒くのが目的ならば徒歩で移動している可能性が大きい。

 ならば、とエルメラルドは考える。

 ニトロの店に来た時に、エルメラルドはスクーターを押して西側の橋を渡って歩いてきた。その間、通りを観察していたエルメラルドは銀髪の少女を見かけることはなかった。となると、店から出た銀髪の少女は西ではなく東に向かって歩いているはずだ。エルメラルドは東の橋に向かって駆け出した。


 白夜のせいで闇はいつまで経って訪れないが、それでも街はすっかりと夜の賑わいを見せていた。この地区はレストランや雑貨屋も多いのでいつでも人が多い。仕事帰りに一杯ひっかけようとバルを覗く人たちを避け、エルメラルドは進んだ。

 もし、ニトロの店に来た銀髪の少女が本当にリリなのだとしたら、できるだけ早いうちに捕まえて、話が大事になる前に、組織から足を洗わせなければならない。

 まったく、ただの家出少女だと思ったのに、面倒なことになってしまった。姉のララにも報告しづらいし、リリが足を踏み入れた組織が大きいのならば、エルメラルド自身も厄介ごとに巻き込まれてしまう懸念もある。本来ならば、探し人が何をしていようがエルメラルドには関係がないし、見つけ出して話をしても、本人が帰りたくないというのならば、それを依頼主に報告して終わりだ。依頼主に過度に肩入れしないし、深入りもしない。

 自分は警察でもなければ、正義の見方でもない。それがポリシーなのだ。日曜日にそのようにララにも伝えてある。なのに、そんなことも忘れてエルメラルドは夕暮れの街を右往左往した。


 キョロキョロと辺りを見渡しながら小走りする。すると、突如、通りの角の小道から人影が飛び出してきた。ぶつかりそうになり、慌てて足を止める。


 飛び出してきたのは金髪三つ編みの瓶底眼鏡少女だった。


「みーつけた、探偵さん!」

 昼間に会った魔法使いのリンダであった。

「……びっくりした。なんだ君か。こんな時間に子供が出歩いちゃダメだろ。帰りなさい」

 立ち止まったエルメラルドは胸を撫で下ろた。

「もう。子供扱いしないでよ。あの後、マヤ様にこってり絞られて大変だったんだからっ」

 細い腰に両手を当てて、むくれるリンダ。着替えてきたのだろう。民族がらの華やかなワンピースが華奢な身体を幼く映す。

「それより、なんでこんな所にいるんだ。私は君に構ってる暇はないんだ。早く帰りなさい。あ、念のため大通りを通って帰るんだぞ。君は一応、女の子だ。飲屋街の路地裏は危ない。じゃあな」

「ちょっとちょっと! 待ってよ探偵さん。リンダは探偵さんの手伝いをしに来たのよ!」

「手伝い? ……邪魔じゃなくて?」

「もう!失礼ね! マヤ様にリリ様を探す手伝いをしなさいって言われたの」

「そりゃ……ありがた迷惑な話だ」

「なんでよ! ありがたしかないでしょ! というわけで手伝うから感謝してよね。あと、リリ様を無事に見つけなかったら、許さないからね!」

「おいおい。まったく、人探しをしながら、子供の世話までしなきゃならんとは、厄日だなぁ」

「だから、子供扱いしないで」

「まあ良い。それより、君はどっちから来たんだ? 来た道に変なチラシはなかったか? 実はこの近くにリリさんがいるかもしれないんだ」

「嘘!? 本当!? リンダはボックスボートで来たけど、北の船着場にはいなかったよ」

「じゃあ、やはり東だ。橋を越えられると見つけるのは難しい。急ごう。ついてくるなら勝手にしていいが邪魔はしないでくれよ」

 返事も待たずに歩き出すエルメラルド。慌ててその後をリンダは追いかけた。


「ねえそれにしても探偵さん。リリ様はどうしてこんなところにいるの。魔術を習うんだったら、ここはちょっと違うんじゃない? ただの商店街じゃん。魔術学校とかないでしょ」

 リンダは後ろから話しかけてくる。何も知らないリンダが疑問を持つのは最もなのだが、一から説明するのも面倒で、エルメラルドは聞こえないふりをして歩みを早めた。

「あ、もしかして魔術を習うなんて汚らわしいことは辞めて、お洒落なカフェでアルバイトとかしているのでは? そちらの線で考えましょうよ! そうだったら一番良いわ。うん、うちのハイスクールはアルバイト禁止だし、可愛い制服でウエイトレスさんをやってみたいって気持ち、リンダにもあるもん。そうよきっとそう!」

 無視しているのに、リンダは勝手に見当違いな推理で盛り上がっている。それもエルメラルドが面倒臭がって教えてあげないからなのだが。

「え? え? ってことは。ということは!? もしかすると、リリ様のミニスカウエイトレス姿を見られるかもってこと!? きゃー! 僥倖! 僥倖! 『魔念写機キャメラ』持ってくれば良かったぁ。はぁん、リリ様ぁお慕い申しておりますぅ」

 エスカレートして騒ぎ出すリンダに心なしか、街の人々の注目が集まっている気がする。

「だぁー!! うるさい!! 真剣に探せ!」

 頭を掻き毟って怒鳴りつける。

「なによ、探偵さん。イライラしちゃって。男のヒステリーはキショイぞぉ。エレガントな探偵さんを目指してるんでしょ。怒鳴っちゃダーメ」

 ぐぐぐ、と奥歯を噛み締めたエルメラルドは、舌打ちしてポケットに手を突っ込んだ。足手まといになりかねないリンダには余計なことは教えずにいたかったが、こうも能天気について来られるとそれだけで調査の邪魔になる。状況を説明して、もう少し真面目にやってもらわなければ。

「わかったわかった。説明してやるから静かにしてくれ」

「説明?」

「……ああ。いいか、まだ未確認だがな、リリさんはこんなチラシを配る詐欺組織に加担してるかもしれないんだ」

 ポケットから取り出した例のチラシをリンダに押し付ける。汚い物でも触るように、つまんで受け取ったリンダがチラシに目を落とす。

「……ナニコレ。うそでしょ。リリ様がこんなバカでも引っかからなさそうなチラシを撒く組織に?」

「銀髪のポニーテールの娘から貰ったって証言がある。私は彼女のためにも一刻も早く、真偽を確かめたいんだ」

「まさか……」リンダの表情が険しくなった。

「だから、ついてくるなら、もう少し静かにしていてくれ」

 クギを刺す。リンダは神妙の面持ちでチラシを見つめていたが、ぎゅっと唇を噛んで、顔を上げると、チラシをエルメラルドに押し付けて、スタスタと歩き出した。

「リンダくん?」

 エルメラルドが声をかけると、リンダは真剣な顔で振り向いた。

「探偵さん。時間の猶予はないわ。リリ様はこんな事してないって信じたいけど、確かめなきゃ。さあ、なにを立ち止まっているの? 急ぎましょう」

 呆れるエルメラルドを差し置いて、リンダはズカズカと歩き出した。

「……まったく、これだから若い娘は嫌なんだ」

 吐き捨てて、エルメラルドもリンダの後を追った。


 しばらく歩くとメインストリートも終わりが近づいてきた。向こうに見える橋を越えると、道が入り組んだ住宅地に入ってしまう。もし、リリが橋を渡っていたのなら、捜索は困難になる。

 通りはオープンテラスのレストランのパラソルが並ぶ飲食店エリアに入り見渡しが悪い。

 注意深く視線を動かしながら歩くが、一向にリリは見つからない。既に別の島へ行ってしまったのかもしれない。道の終わりが近づくにつれ、口には出さずとも、互いに諦めの雰囲気が漂い始めた。

 その時だった。

 パラソルの花が咲く通りの向こう、銀色のポニーテールを揺らして歩く人影が、通りを曲がり路地裏へ入っていくのが見えた。


「今のは!?」「リリ様よ!!」


 同時に声を上げ、顔を見合わせた二人は、無言で頷いて駆け出した。テラス席に料理を運ぶウェイターを避け、先を急ぐ。少女が曲がった路地にたどり着き、急いで曲がると、その奥に、グレーのローブを着た少女の後ろ姿が確認できた。

 ニトロの言った通りの銀髪ポニーテールだ。右手にチラシの束を持ち、ふらふらと歩いている。


「きみ、リリ・マグナガルさんだね?」


 エルメラルドが後ろ姿に声をかけると、銀髪のポニーテールは歩みを止めた。

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