第12話 魔術師はお人好し 後編

「尻尾を現したな。この魔術士め! お前が犯人か!」

 ダンケルが怒鳴りながら詰め寄ってくる。

「いやいやいやいや! ちょっと待ってくださいよ!」

「問答無用! 詳しい話は署で聞かせてもらう!

 近寄ってきたダンケルは腰から手錠を取り出し、アクアの手首にかけた。

「うそぉ!? ちょっと刑事さん! そりゃないですよ!」

「うるさい!抵抗すると公務執行妨害だぞ!」

「いやいや、すでに手錠かけてるし、そんな無茶苦茶なっ!」

 アクアが涙目で叫ぶ。その時、応接室と事務所を隔てるしきりから顔をのぞかせた者がいた。


「……何を騒いでんすか、アクア先輩」


 アクアの部下ケベルである。事務仕事をしていた後輩が、応接室のあまりの騒がしさに様子を見にきたのだった。

「あ、ケベルくん!ちょっと助けてよ!刑事さんがわけわかんないこと言って、僕を捕まえようとしてるんだよ! 冤罪だよ!」

 涙目で部下に泣きつく。

「あっ先輩、手錠かけられてる。ウケるー」

「全然ウケないよ!」

「む、仲間がいやがったか!ええい、大人しくしろ魔術士ども。抵抗すると死罪だぞ!」

「ああ! この刑事さんは無茶苦茶だっすね。冗談はさておき、漏れ聞こえてたんで、話の内容は把握してますけど。……それ、魔法使いの仕業じゃないんすかね?」

 ケベルがやれやれと首を振る。

「なんだと、魔法使いだとぉ?」

「ふむ、ダンケルくん。とりあえず、そこの魔術士さんの言うことも聞いてみようじゃないか」

 一部始終を座ったまま眺めていたハーネス警部が言った。

「……ハーネスさんが言うなら」

 不満げな顔ではあるが、ダンケルはハーネスの指示に従った。ケベルを頭をかいて説明を始めた。


「さっき、うちの上司が説明したように、魔術士は体内に魔力を貯めなければ、魔術は使えないっすよ。けど、魔法使いは違うんですねーっ。自らの体内で魔力を生成できるんすよ。魔術士のように無理に魔力を外部から取り入れる必要がないってことっす。ヤバいでしょー。魔法使いにとって魔力ってのは、何もせずとも体内より際限なく湧き出てくるものなんすよ。マジウケるっすよね。魔法使いが『神の使い』と畏怖された理由はそこにあるわけっす。要は湯を沸かして溜めなければ入ることのできない風呂と、いつでも熱いお湯が湧き出る天然の温泉みたいな違いが、魔術士と魔法使いの間にはあるわけですね。ヤバすぎですねー」


「……なるほど。つまるところ、魔術士にとって魔力は日々、補充しなきゃならないものだから、継続して魔力の消費を求められる術を使うのは負担が大きいが、魔法使いは放っといても魔力が回復するから、魔力の消費については気にせずに魔法を使用できるというわけですな」

「そうです、そうです!大雑把に言えば、そういうことです」

 アクアも涙目で口を挟む。

「ふむ。そう聞くと確かに魔術士よりも魔法使いの方が怪しい気がしてくるねぇ、ダンケル刑事」

「そうですかね。ハーネスさん」

「うむ。疑わしきは罰せず、が都市警察の原則だよダンケル刑事。とりあえず、その手錠は外して差し上げなさい」

「はい。ハーネスさんがそう言うなら……」

 渋々、といった表情でダンケルはアクアの手首から手錠を外す。ホッとした顔で胸をなでおろすアクア。

「助かったよケベルくん」

「アクア先輩、しっかりしてくださいよ」

 後輩のケベルに叱られてシュンとなるアクアであった。

「うむ。私も本当は初めから魔法使いが怪しいと思っていたんですがね、念のため魔術士の方にお話を伺いたかったのですよ。いやはや、ご協力感謝します。では『魔法使いの家族ファミリー』の方に聞き込みに行こうかダンケル刑事」

「はい、ハーネスさん。ですがね、まだ魔法使いが犯人と決まったわけじゃないですからね。魔術士だって容疑者リストから外れたわけじゃない。もし自身の疑いを晴らしたいなら、我々の捜査に協力していただきますよ」

 最後まで嫌味なやつだ。と、思いながらもアクアはにこやかに返事をする。

「ええ。我々魔術士協会はいつでも市民の味方です。もちろんご協力いたしますよ」

「いやはや助かります。貴重なお話を伺えて光栄でした。では、失礼いたします」


 立ち上がってお辞儀をするハーネスだったが、玄関で立ち止まり「そうだ、一つ聞きたいことがあったんでした」と振り向いた。

「なんでしょう?」尋ねるアクアの目をじっと見てから、おどけるように表情を崩してハーネスは言った。

「魔術を覚えるのって簡単にはいかないもんですかね? 例えば催眠学習の様に、寝てる間に簡単に魔術が使える様になったり、そんな感じで楽にできないものですかねぇ」

 なんだ、そんなことか。誰しも楽をしたいと思うものだ。だが、

「それは無理ですね。魔術を覚えようと思ったら、魔術の構成を学んで理解しなければなりませんし、魔力源を体内に貯めて、それを魔術に使える様な魔力の形に精製する訓練をしなければなりませんから。……もしかして、警部さんも原始魔術にご興味が?」

「いえいえ。私のような頭の悪い者には無理ですよ。いや実はですね。ここ二週間ほどで、魔術士に騙されたという相談が相次いでいるのでね」

「……騙された、と言いますと?」

 アクアが聞き返すと、ハーネスは懐から手帳を取り出してパラパラとめくった。

「えーっと、あった。これだこれだ。なんでも『レコードの音声を聞き流すだけで魔術使いになれる魔天楼閣の門外不出の秘術を限定販売します』とかいう広告が出回っとるらしいですな。それで、お金を送ったのに一向に教材が送られてこない、という相談がすでに一〇件もの相談が寄せられているんです」


「……なんですか、それ」

 眉間にしわを寄せたアクアがもう一度尋ねた。

「なんでも、【魔術士育成学校の名門、魔天楼閣で特別に作成された、魔術の構成を学ぶ魔術式を編み込んだ詠唱魔術をレコードに吹き込んだもの】を通販で売ってるということらしいですな。ちょっと一般人タビトの私には何を言ってるかわかりませんが」

 魔術士のアクアでも、ハーネスが読み上げた説明の意味がわからなかった。

「で、記載された住所に現金を送れば、レコードを発送するというので、指示された場所へ現金を送ったのに、いつまでたっても商品が送られてこない、とこんな苦情が入っているんですよ。ま、早い話がインチキ通販ですな。最近の魔術ブームに乗っかって、魔術を楽に覚えたい若者を中心に被害が出ておるみたいですな」

「酷い話だ! 魔術はそんな簡単に覚えられるものではないですし、魔天楼閣ではそんなレコード作ってない!」

「まあまあ気を静めて。こんな怪しいチラシに騙されて、現金を送る者がいるってこと自体が馬鹿らしい話なんですが、詐欺は詐欺なので、捜査をせねばならんのですよ」

「魔術士協会としても、こんな嘘で風評被害が出るのは困ります。我々も調査に協力します」

「そうしていただけると、我々都市警察も助かります。我々は他にも事件を抱えておりますから、正直に申しますと、あまり力を入れることができない現状でしてな」

 ……なるほど、面倒な調査を魔術士協会にさせようということだな。魔術士の犯行をチラつかせられればこちらは見過ごすわけにもいかない。こっちが本題だったんだな、とアクアはピンと来た。

「わかりました。調べてみることにしましょう。それで、そのチラシの現物はお持ちになっていないのですか?」

「それが、お恥ずかしい話なのですが無いんです。被害者の方もとっておいたはずなのに、どこかに行ってしまった、と皆さん言っておられて」

「ウケる。チラシがないんなら、調査のしようがないっすよーアクア先輩。もしかしたら、魔術士協会を貶めようっていう連中が、詐欺を受けたって狂言を言ってるかもしれないですしー」

 ケベルがアクアに耳打ちする。確かにその可能性が無いとは言い切れない。だが、初めから嘘だと決めつけるのは嫌だった。

「ともかく、こちらでも調べてみます。魔術士が関わっていないと良いのですが」

「そうですね。ともかく、何かあればご連絡ください。都市警察の方でも何か事件に進展がありましたらご連絡させていただきますので」

 そう言い残して都市警察の二人は帰って行った。


「うーん。風評被害は一番困るんだよなぁ。ネンデの指輪も探さなきゃいけなのに、面倒な事件だなぁ」

 アクアがポツリと呟く。

「でもアクア先輩。あの刑事たち、なんか信用できないっすよ。捜査するのが面倒だからって、魔術士協会をアゴで使おうとしてるんすよ。ムカつきます。無視してやりましょうよ」

「まあでも、こういう時に恩を売っておくと、今後の活動もやりやすくなるからね。調査はするよ」

 損は後から得になることもあれば、貧乏くじでも大当たりがあるかもしれない。

「……真面目っすねー」ケベルは不満そうな顔をしていたが、アクアの気持ちは変わらなかった。

 魔術は人々の生活を潤すために存在するのであって、私腹を肥やす為ではない。

「それより、ネンデの指輪を探す方が先決だと思うっすけどね。来週までに見つからなかったら、先輩マジで大変なことになっちゃいますよー」

「……それはそうだけど」

 言い返せずに唸った。相変わらず指輪は見つかっていなかったのだ。困ってしまう。

「ま、どうにかなるよ……うん。きっと」

 いつもの軽口を叩こうとするアクアだったが、その表情は引きつっていた。


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