12話 嫉妬
数時間の仮眠を取って学校へ向かった。
朝は来なくていいと言ったのだが、夢廻はいつも通り僕の部屋の前で待っていた。そのまま二人で登校し、授業中はダメだと思いつつも睡眠に勤しんだ。小さな女教師だけが「起きてくださーい」とか言っていた気もするが、睡魔には勝てなかった。
そして気付けば放課後になっていた。
(帰るか)
そう思い、立ち上がった所でケータイが震えた。
メールの差出人は夢廻だった。
『今日はどうしても部活に顔を出さなくてはいけなくなってしまい、一緒に帰ることが出来ません。すみませんが、先に下校してください』
そういえば美術部に入っているとか言っていたな。何故美術部なのか、と聞いたところ「絵が好きだから」「刃物を持ち歩いていても言い訳がしやすい」などという答えが返ってきた。ギリギリ納得出来るような出来ないような微妙なラインだ。
夢廻には先に帰るように言われたが、校門で待っていよう。
そんな事を考えながら教室を出て昇降口に向かって歩いていると、一人の男子生徒に声をかけられた。
「こんにちは」
「…」
「おや?無視かい?」
「何か用か」
声をかけてきたのは、あの日、本を探していた爽やかな青年だった。
聞こえないふりをしてやり過ごそうと考えたが、食い下がられてしまう。
「キミ、橘鈴音くんだろう?」
「人違いだな」
気取った台詞回しだ。なるべく話したくないタイプだ。
「嘘は良くないよ」
「嘘じゃない。じゃあな」
早々に立ち去ろうとするが、進行方向に奴が立ちはだかった。
ブン殴って押し通ろうかとも思ったが、実行には流石に移さない。
「単刀直入に聞こう。夢廻さんとはどんな関係なのかな?」
「アンタには関係ない」
本当に微塵も関係ないと思う。
「夢廻さんはね、キミが思ってるよりもずっと凄い人だよ?中学時代には陸上で県の強化指定選手だった。成績もとても優秀だ。校内ランキングでは常に上位にいる。美術の才能も評価されている。何よりあの美貌だ。校内の人気はとても高い」
ベラベラとよく喋る奴だ。
それにしても、そんなに凄い人だったのか。ハイスペックなストーカーとは恐れ入る。ストーカー気質を差し引いたら超人だ。でも無表情で無愛想なのに人気があるとはどういうことだろう。
「何が言いたいのかさっぱりだな」
僕は取り出したケータイを操作しながら適当に答える。
「キミは夢廻さんに釣り合わないってことさ」
「それを決めるのはアンタじゃないがな」
「キミは自覚が無いのかい?キミはこの学校ではお荷物だ。あんな事件を起こしてよく学校に来られるね?ハートの強さだけは評価に値するよ」
「確かにな」
それは紛れもない事実だ。言い返す言葉がないぜ。
「キミさあ…その態度、どうにかならないの?」
「話が長いな」
「おい…舐めるなよ…?」
青筋を浮かべているのがわかる。
勝手に煽ってきて勝手に自爆してれば世話はない。敵を不用意に増やすのはいい事ではないが、こういう輩を付け上がらせる事は弱者を生むことに繋がるので容認出来ない。
「アンタ風呂に入ってるか?臭うぞ。口も臭い」
本当はフローラルな香りがした。
「おい…いい加減に…」
そこで僕等の居る場所に駆け寄ってくる人物が居た。そちらに目を向けてみる。
「鈴くん」
夢廻だった。リアルファイトになる直前だったので非常に助かる。ナイスタイミングだ。
「夢廻さん!」
僕が声をかける前に奴が声をかけていた。なんだその気色の悪い声は。合コン時のちょいブス女子か。
「…高宮くん」
「今帰りですか?このあとカフェでお茶でもどうです?僕の行きつけのカフェのダージリンが凄く香りが良くて…」
「申し訳ないけど、お断りします」
間髪入れず断られる高宮くん哀れ。
「そ、そうかい…」
残念そうに肩をすくめた後、僕を睨みつけてきた。
「八つ当たりはやめろ」
「…?鈴くん、高宮くんと知り合いだったのですか」
「いや、知らない。難癖をつけられて参っていたんだ」
「難癖…?どういうことだ高宮」
鋭い目付きで夢廻が睨みつける。
敬語もくんも取れていた。相変わらず戦闘モードへの移行が唐突すぎる。
「いや、彼の妄言だよ。彼は頭がおかしいだろ?だから…」
「今、なんて言った?」
夢廻さんブチギレである。
気になる女の子をブチギレさせる高宮くんはかなり馬鹿だと思う。今は撤退しか策はないだろうが。
「いや、その…」
話の流れ的に、夢廻は丁度盗聴をしていなかったようだ。ならばこれだ。
『「キミは夢廻さんに釣り合わないってことさ」
「それを決めるのはアンタじゃないがな」
「キミは自覚が無いのかい?キミはこの学校ではお荷物だ。あんな事件を起こしてよく学校に来れるね?ハートの強さだけは評価に値するよ」
「確かにな」』
僕はケータイで録音していた先程の会話を再生した。
大音量で昇降口に彼の嫌味が流れ出し、その場にいる他の生徒も何事だと立ち止まり、注目の的になり始める。卑怯?陰湿?何とでも言え。全部抱きしめてやる。
「こんな感じの世間話をしてた」
「いや…違うんだ。捏造だ!」
見た目より頭が悪いんだろうか。誰かを貶めようとするなら、貶められる覚悟をしなければならない。それは常識だろう。
「高宮、三秒だけやる。この世に別れを告げろ」
どっかのトゥーハンドみたいな事を言い出した。何人か殺していても何ら不思議がない。こんな目立つ場所ではやめてほしい。
夢廻はスカートから例の多機能ナイフを取り出そうか迷っているようだ。
「まあ落ち着け夢廻」
「しかし…」
「初犯だしな。許してやろうぜ。こいつはお前の事が好きなんだ。それでちょっと僕に意地悪したくなっただけだ」
「くっ…」
高宮は悔しそうに顔を歪めている。
「わかりました。鈴くんに感謝をしろ。次はない」
無言で背を向け、彼は去っていった。その場にいた生徒は彼を見て何かを話し出した。
(なにあれ。振られたってこと?)
(三年の人でしょ?)
(凄いキョドってた)
哀れ高宮くん。話題を独占だ。
「クラスメイトか何かか?」
「はい。去年から同じクラスで…よく話しかけられるんです」
「へえ。どんな奴なんだ?」
「女子の人気は高いそうです。それ以外は知りません」
高宮くん全く相手にされてないぞ。もう少し考えて行動をした方がいいのではないだろうか。
「私は基本的に暇な時はイヤホンをしていますので、対応することは少ないのですが」
「音楽良く聞くんだな」
「いえ、聞きませんよ」
どう考えてもその話の切り返しはおかしい。イヤホンとは音楽を聴くための道具ではないのか。僕の知るツールとは別のものなのか、はたまた別の使い方があるのか。他人と関わり合いたくないが為に耳栓のかわりにつけている、ということだろうか。学校で耳栓なんてつけていたら、反感しか買わないだろうしな。それに比べ、イヤホンであれば問題はない。いや、待てよ…
「…そういうことか」
「鈴くんの生活音チェックは欠かせません」
「ストーキングを娯楽にするな」
「まあ堅い事は言わないでくださいよ」
「全然堅くないんだけどな…」
他の部分はまともなのに僕のことになるとそこだけ倫理観やら何やらが全てブッ飛ぶのはなんなのだろうか。
「というか待っててくれたんですね。ありがとうございます」
「まあな。帰ろうぜ」
帰り道、僕らはいつも通り雑談をしている。時刻は四時半。夕方の切なさがなんとも良い。
「通り魔のことですが」
夢廻が話しかけてくる。今一番ホットな話題だ。
「うん」
「やはり警察に話した方がいいかと」
僕もそれを考えていた。不順なバイトの事がバレるの可能性があるというだけの理由でこのまま危険を野放しにするべきではない。僕一人の問題であれば何も問題はないのだが、夢廻に危険が及ぶ事を恐れるようになった今、早急に手を打つのが得策だ。
「だな。明日の放課後、警察署に行って話をしてくる。先輩に紹介して貰ったという体で話そうと思う」
「わかりました」
どう転ぶかは分からないが、無駄にはならないだろう。これが僕たちの勘違いであれば、それはそれで構わないしな。先輩には後で話を通しておかなければ。
「今日も来るか?僕は家に帰ったら寝たいと思ってるんだが」
「では見守ります」
「なんでだよ」
「寝顔、激写です」
「それは本人に言っちゃダメなやつじゃないのか」
「しまった」
話しているうちにマンションについていた。何故か部屋までの道を夢廻が先導して歩いている。慣れすぎだ。
スカートのポケットから鍵を取り出し、夢廻はドアを開けそのまま部屋に入っていく。
「ただいま帰りました」
「待て」
「なんでしょうか」
その反応は間違っている。
「昨日は突っ込むの忘れてたけど、合鍵いつの間に…どうやって」
ここは大家さんのいないタイプの賃貸なので、管理会社に連絡しない限り鍵を入手出来ないはずだ。金の力を使ったとしても、出来ることには限界がある。
「あれはそう、去年の秋の事です…」
「回想が必要なのね」
「私は鈴くんとどうしても話がしたくなりました。でもその頃はまだ勇気が出ずに居たのです。私は考えました。ここで問題です。私はある奇策を思いつきました。それはなんでしょうか」
「僕以外ならブチ切れて話にすらなってないと思うが…少し考える。待ってくれ」
「制限時間は二十秒です」
僕たちは廊下で突っ立って何をしているのだろう。夢廻との話はどうにも興味を引かれやすい。それ故に場所を考えず話し込んでしまう傾向にある。
奇策、か。全くわからない。ただ部屋に侵入するのと訳が違う。鍵を複製しているのだ。前の持ち主の…?いや違う。僕が入居する際に鍵は取り替えた。
「ヒントです。私は鈴くんと以前に会って話したことがあります」
それは驚きだ。全く記憶にない。同じ高校の制服を着たこんな超美少女と話をしたとなっては、少しくらい記憶に残っていてもいいはずだ。
「わからん」
「時間切れです。話の続きです。私は考えました。私が私だからいけないのだ、と。私が私と認識されなければ、緊張せずに話せるのでは、と」
「ちょっと何を言ってるのかわからない」
「生きるとは何か、死ぬとは何か…」
「急に哲学するのやめてくれ」
「私は泥酔したOLに変装したのです」
「おいおいおい」
「思い出しました?」
「あれ、夢廻だったのか…」
去年の秋頃、不純なバイトの帰り道、ベンチで泥酔して横になっているOLさんを朝まで介抱したことがあった。その時、家の鍵を一時的に失くしてしまい、痛い目を見たのだ。鍵はそのOLさんが拾ってくれていて、次の日にすぐに返して貰えた、という話だ。
「はい」
「普通に犯罪だからな…」
「すみません…出来心で…」
「相手が夢廻じゃなかったら警察にGOだった」
「すみません…」
「まあいいや。謎が解けてスッキリだぜ。中入ろう」
僕は全然気にしていなかった。
ストーカーなんだから合鍵くらい持ってても不思議じゃないな。今は彼女だしなんら問題ナシ。何度も言うが僕の頭はイかれている。見知らぬ不審者を部屋に入れてしまうくらいだ。
「といことは僕の部屋に侵入したことがあると言うことか?」
あの日初めて入るような素振りだったが。エッチ本の場所も把握していなかったし。
「いえ。盗聴器を仕掛ける時に一度使わせて頂きましたけど、その時は業者さんに頼みましたので」
「行動力どうなってんの…」
その行動力を他に向ければ大成しそうだ。まあいいや。
「それじゃ僕、寝るわ」
「早いですよ。まだ飲み物ネタやってないじゃないですか」
「それはまた今度でいい」
僕は言うなりベッドに横になり、布団を被った。昨日は色々あったので疲労が溜まっている。
「もぞもぞ」
「擬音を声に出すな」
夢廻が布団の中に潜り込んできていた。
甘い香りが鼻を突く。会った時から気になっていたが、この懐かしいような香りは何の匂いなのだろう。香水には疎いので分からない。
「私も眠いんですよ」
「家帰って寝ろよ」
「…」
「寝んな」
彼女の頭を軽くチョップする。髪の量が多い。
「痛いですよ」
「悪い。そんなに強くしたつもりはないんだけど」
「…」
「おい…」
「…」
既に眠っていた。
余程疲れていたのだろう。寝顔も変わらず可愛い。
寝ている間、僕の監視はどうしているのだろう、そんな事を考えつつ、アラームをセットし、僕も眠りについた。
…ピピピピピピ
時間になったようだ。アラームを止めようと目を開ける。
「…おい」
「おはようございます」
夢廻が至近距離で僕を見つめていた。
寝起きに真っ暗な部屋で誰かに見つめられていたら心臓の弱い人は死にかねない。
「おはよう、近いよ」
「おはようございます」
恒例の無表情である。
僕はアラームを止め、起き上がろうとした。すると夢廻が僕に頭から闘牛のように突進してきた。鳩尾にヒットする。
「うごっ…どうした」
「…」
「怖い夢でも見たか」
「いいえ」
僕は彼女の頭を優しく撫でた。
嘘をついていても丸わかりだ。夢廻が帰るまでずっとそのままでいた。やはり彼女も普通の女の子なのだ、そう再認識させられる。
夢廻を守りたい。誰の為でもない僕の為に。僕はいつの間にか自分の幸福を少しずつ自然と受け入れられるようになっていた。
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