10話 運命の日
次の日の日曜日。
意外にも爽快な気分で目覚めた僕は、覚悟を決めていた。今まで悩んでいた事に決定を下したのだ。それだけで晴れやかな気分になる。
服を着替え、待ち合わせ場所へ向かう為に部屋を後にする。
恐らく夢廻はかなり早めに来ているはずだ。それを考慮して30分前に着くよう家を出た。
待ち合わせ場所に着くと案の定、夢廻は既に待っていた。
服装は初めて会った時とは別のものだが、真っ黒なゴシック調のものだ。控えめにフリルがあしらってある。腰を絞ってあるものであるので胸が強調されていて非常に目のやり場に困る。しかしロングスカートであるので、下品な印象は受けない。手には同じく黒い日傘と小さなカバンを所持している。肌が白い為、とんでもなく映える。立っているだけで周りから切り離されているように目立っていた。
そこに二人の見知らぬ男が張り付いている。
「悪い。待ったか」
少しでも待たせないよう小走りで近付いて声をかけた。
「いえ、今来た所です。鈴くんこそ早いですね」
「まあな。なんとなくだ」
「そうですか…嬉しいです」
夢廻が笑う。今日も美人だ。
「お、友達ー?」
茶髪に鼻ピアスといういかにもなファッションの男が話しかけてくる。
「私達用事があるので失礼します」
夢廻は冷酷な目でそいつを見ながら言う。
僕との態度の差に驚いた。そうだ。彼女は人間嫌いなのだ。赤の他人、ナンパをして来た人間など彼女の一番嫌いな人間だろう。
「まあまあそう言わずに!」
男達は僕達の行く先を封じてくる。
「消えろ」
夢廻の堪忍袋の緒は弾け飛んだようだ。僕よりほんの少し短気だ。
「おー怖い」
ヘラヘラと男は笑っている。
他人を見下す様な態度がこういう人種は得意だと思う。どれだけ自分が優れているのか常に周囲に誇示していないと潰れてしまうのだろう。
「鈴くん、行きましょう」
「ん」
僕たちが彼らの居ない方向に歩き出そうとすると、もう一人の黒髪に黒い肌をした男が僕の腕を掴んだ。結構な握力だ。
「ちょっと待ってよ〜!そっちの子も一緒に遊ぼうよ〜」
気色の悪い声で僕に話しかけてくる。何かを勘違いしているのは間違いない。
「鈴くんから手を離せ」
「そう言わずにさ〜どうせ暇してるんでしょ?なら遊ぼうよ〜」
「離せ」
そう言うと夢廻は男の手を思い切り上から下に殴りつけた。その衝撃で僕の腕から手が外れる。
「おい、テメェ!!」
先程の笑顔は何処か旅に出てしまったようだ。男の顔に怒気が宿る。
こういう人間の二面性が夢廻は受け入れられないんだろうな、と思った。
「失せろ」
夢廻の中に狂気が見え隠れすることを僕は知っている。麻倉の時などがそうだった。
「おい!!こ…」
男が何かを言い終わる前に、夢廻は既にアーミーナイフを取り出し、刃を展開させていた。それを男達に向かって突き出す。
「失せろと言った」
「お、おい…」
両手を上げ、男達は後退する。夢廻は逃がすまいと一歩前進した。
失せろと言っておいて追う姿勢を見せるのはどういうことだろうか。
「わかったわかった。消えるから」
そう言って男達は更に後退し、夢廻が追わないことを確認すると後ろを向いて逃げ出した。
「格好いいな」
素直な言葉が口から出てしまう。すると夢廻は落ち着いたようで、アーミーナイフをたたみ、ポケットにしまい込んだ。
「すみません…不快な思いをさせてしまって…」
「僕は全く気にしてない」
「そう言って頂けると助かります」
安堵したように夢廻は胸を撫で下ろす仕草をする。
「夢廻、大丈夫か?」
「私は平気です。切り替えましょう」
特に気にしている様子は無いようだ。僕も安堵した。
「だな。それで、本当は何時に来たんだ」
「二時間ほど前です」
「はえーよ!」
やはり夢廻は僕に嘘をつかない。
「鈴くんを待たせてしまってはいけませんからね。それに、私は鈴くんを待つの好きです」
「ありがとう。でも今度からは時間通りに来てくれ。僕も早く来てしまう事になりかねない」
「そうですね。分かりました」
物分りがいい点も彼女の美徳であると思う。
「服、似合ってる」
「………ありがとうございます」
照れている。いつもは僕を真っ直ぐに見つめて話すが、俯いてしまって返答の声も非常に小さい。
これは面白い。
「可愛いよ」
「や、やめ…本当にやめてください」
顔を一瞬で真っ赤に染め、それを両手で隠そうと必死になっている。
彼女は普段、全くと言っていいほど噛んだりドモったりすることはない。この光景は非常に希少だ。
「照れすぎ」
「もう…意地悪です」
これ以上弄るのは可哀想かもしれない。
「ごめんごめん。行くか」
「はい!というか鈴くん先程女の子に間違われてましたね」
「それは忘れろ」
夢廻はテンションが上がっているようだ。僕も少し上がっている。楽しまないと損だ。
ーーーこれが最後になるのかもしれないのだから。
早速映画館に向かい、見る予定だったホラー映画のチケットを二人分購入する。幸い見やすい席を取ることが出来た。
「良かったですね」
「だな。一番前とかだったら目も首も痛くなって悲惨だからな」
「ですね。私も一度経験がありますが内容が全く頭に入りませんでした」
「あれなら立って見たほうがいい」
上映開始まではあと30分ほど時間がある。どうやって時間を潰そうか話しながら悩んでいた所だった。
「どうする?」
「私はお話ししたいです」
「そうするか。あの辺に座ろう」
映画館のロビーに備え付けられているソファに二人で腰掛けた。フカフカで腰掛けやすい。
「夢廻はホラーものとか平気なんだな」
「問題なく見られます。結構好きです」
「平気そうに見えて、実は怖がりというパターンだと思っていたが普通に余裕なパターンか」
「怖がりはしますよ。鈴くんみたいに爆笑しながら見る訳ではないですね」
「いや爆笑しねーよ」
人が死ぬシーンでフフッと笑えてしまうことはあるが、爆笑することはない。多分。
「そうなんですか?血溜まりの中、大爆笑している印象が強いのでそんな気がしてしまった様です」
「俺キチガイじゃねーか」
間違ってないんだが。あのことをネタに出来るのは夢廻くらいだろう。他の人にこんな事を言われたら普通に無視する。
「いえ。鈴くんは最高に素敵な人です。今日も最高に可愛いです」
「男に可愛いは駄目だろ」
「可愛いんだから仕方ないですよ。触っていいですか?」
「何をだよ!」
「何処ならいいですか?」
「余すところなく全て駄目だ」
「等価交換ならどうですか」
「どういうことだ」
「私が鈴くんの好きな場所を一つ触る。鈴くんは私の好きな場所を触る。これならどうですか?」
「その場合、男と女では等価は成立しないだろ」
圧倒的に夢廻に価値がある。僕を触りたい人なんて相当の物好きくらいしかいないだろう。
「…そうですね。では私が一箇所触る。そうすると鈴くんは二箇所触れる。それでどうですか」
「それは僕ばかりが得をするだろ」
映画前になんという会話をしているのだろうか。ここはマグロの競りではない。
「もう面倒です。頭を撫でさせて下さい」
「わかったよ」
粘りに対し僕は非常に弱い。基本的にすぐ折れるし、諦める。
夢廻は迷わず僕の頭を撫で始めた。
「鈴くん…可愛いです…」
うっとりとした顔でしばらく撫でた後で、夢廻は満足そうに頷き、手を離した。
「ありがとうございます。では、どうぞ」
「何が」
「二箇所どうぞ」
「いいよ別に」
「丁度二つありますしね。どうぞ」
彼女は僕を好きだ好きだ言う癖に僕をいじる癖があるように思う。
「では遠慮なく…ってならないから」
話していると、いつの間にか会場時間になっていた。館内放送で入場開始をアナウンスしている。
「全く…行くか」
「はい」
夢廻は僕の右側に並んで立つ。そして腕を絡ませて来た。彼女の方が背が高いので寄り掛かられているようだ。
「…」
「離れろ、って言わないんですね」
「たまにはいいだろ」
僕らしくもない。夢廻にはつい甘くなってしまう。
その格好のままで入場し、座席を探し席についた。
「わくわくしますね」
「この雰囲気いいよな」
上映が始まる。館内の照明が落ち、観客が静まり出す。
映画はよくある洋画だった。
猟奇殺人事件の多発する街に学生である主人公は住んでいる。彼はある日、殺人現場に遭遇してしまう。驚いて逃げ出した彼は家に閉じこもり出て来なくなる。そこに同じ学園に通うヒロインが訪問してくる。必死の説得により主人公は外出するようになるが、それから周囲でおかしなことが多発するようになる。
ここまで見て、映像の派手さなどから僕は既に見入っていた。
ふと夢廻を見ると目をつぶっていた。
「…おい」
「怖いです」
「平気じゃなかったのかよ」
「手を握ってください」
小さな声で言い合う。
「仕方ないな」
僕は彼女の手を躊躇なく握った。すると夢廻は少し驚いたように僕を見てくる。
「ありがとうございます…」
握った手を夢廻がずらし、手をつなぐようにしてくる。
物語は佳境に差し掛かっていた。ヒロインこそが殺人鬼であった、というオチだ。ここで主人公は取った行動は、ヒロインの手を払いのけるというものだった。彼は彼女に罵詈雑言を浴びせかける。
そして二人は分かりあうことなく、主人公は殺され、エンドロールが流れ始める。
結局、僕たちは最後まで手は繋いだままだった。
夢廻の顔を見てみると、彼女は泣いていた。えづくことなく、ただ目から涙を流していた。
「おい…大丈夫か」
「ごめんなさい。平気です」
夢廻が泣いた理由ははっきりとは分からなかった。しかしこの結末は、僕と彼女の未来を暗示しているよう思えて仕方がなかった。
僕らは何処が怖かっただとか、何処が面白かっただとかを話しながら映画館を後にした。
時刻は夕方の四時を指していた。この後は適当に買い物でもしてから食事をしようと考えている。
「何か欲しいものはありますか?」
「金」
などと話していると人混みの中に幼い女の子が立っているのを見つける。迷子だろうか。
するとすぐに夢廻は近付いて行き、その子の目線まで腰を落として話しかけていた。
「どうしたの?」
「ママとパパがどっか行っちゃった…」
ママとパパではなく君が何処か行ったんだろ、と思ったがそれは黙っていた。
「そっか」
夢廻は女の子の頭を撫でながら優しい声をかけた。
「鈴くん、この子の両親を探してもいいですか?」
「勿論。放っておけない」
この状況を放置するのはありえない。僕は弱い人を放っておけない。
「ありがとうございます」
先に僕に許可を求める辺り、なんというかむず痒い。
「ねえ、お姉ちゃんたちが探すの手伝ってあげよっか?」
そんな口調でも話せるのか、と感心する。
「うん…うん…」
女の子は泣きながら何度も頷いている。
「私の名前は夢廻。夢が廻るって書いて夢廻。こっちのお兄ちゃんは鈴くん。あなたの名前は?」
「サチ…」
「サチちゃんか。いい名前ね」
サチちゃんは俯いてしまっている。
僕は彼女にポケットに入っていた飴をあげることにした。
「サチちゃん、飴あげるから元気だして。僕たちが必ず探してあげるから」
僕も夢廻に倣って視線を落とす。
「元気出して。ね?」
「飴…」
興味を持ってくれたようだ。
その後、僕たち三人はサチちゃんを真ん中にして手を繋ぎ、近くの交番へ向かった。
しばらく待っていると、優しそうな男の人と女の人が来て彼女を引き取っていった。僕たちには何度もお礼を言ってくれた。直ぐに解決してよかった。
「ああいうのいいな」
心から言葉が漏れてしまう。
「ですね…」
空は暗くなってきていた。薄い雲の奥に少し月が見える。僕は夕方から夜にかけるこの時間が何故か好きだった。
「暗くなってきたな」
空を見ながら僕が言うと、いつの前にか彼女が僕を見つめていることに気付いた。
「愛しいです。鈴くん」
「急になんだよ」
いい加減言われ慣れていたが、不意打ちを食らうとやはり困る。
「行きたい場所があるのですが、いいですか?」
断る理由はない。彼女の扇動に僕はついていった。
Ⅱ
夢廻の行きたい場所とは景色のいい展望台だった。僕たちの住む街が一望できる。子供頃はよく来たものだ。今夜は満月のようだ。薄明るい中に、無数の家の明かりが見える。
「ここか。子供の頃はよく来たな」
「はい。綺麗、ですよね」
「ああ…綺麗だ…」
ここで例の秘密、とやらを話してくれるのだろう。僕は若干の緊張を覚えていた。
月の光に照らされた地面やら柵やらが急に不気味なものに思えてくる。
「鈴くん」
遂に彼女が、宮ノ業夢廻が切り出した。
だが僕には先に伝えておきたいことがある。
「夢廻」
「え、はい」
出鼻を挫かれて夢廻が珍しく狼狽する。申し訳ないけど少し可愛い。
胸が苦しくなるのを押さえつけて、僕は宣言する。
「僕は、ずっと悩んでいた」
「はい」
僕が真剣であることを察し、彼女も持ち直し神妙な顔で返答をしてくる。
「夢廻は僕の全てを愛していると言ってくれていた。だから僕も、君の全てを受け入れることにした」
「…っ!」
「君がどんな事をしていても構わない。それを受け入れる。僕だけは君を許す。僕だけは君を信じる。僕だけは」
「なん…で…」
夢廻は既に泣いていた。手で口元を覆い、嗚咽を噛み殺している。
「だから例え、さっきの映画のような事になったとしても僕は君を受け入れる。全てを受け入れる」
これが僕の出した答えだった。
もし夢廻が連続殺人犯であったとしても、僕はそれを受け入れることにした。間違ったことをしたと思ったら叱る。それでも彼女を嫌うことはない。
「鈴くん…私は…」
泣き過ぎて鼻水まで垂らしている。僕はそんな夢廻を正面から抱きしめた。
鼻水くらいなんだと言うんだ。これから受け入れる秘密に比べたらこんなもの大したことではない。
「僕が全部守ってやる。だから安心しろ」
「鈴くん…鈴くん…私は最低の人間です…」
「そんな事はない」
「違います!私は…!」
「欠点も愛してくれる人間がこの世に一人くらい居てもいいだろ」
「…!」
夢廻は肩を震わせる。
「君が僕に言ってくれたことだ。僕はそれが嬉しかったんだ」
「鈴くん…鈴くん…」
そのまま夢廻は一時間泣き止まなかった。
「そろそろ泣き止んでくれないかな…」
そろそろ僕も限界だ。服は彼女の涙と涎と鼻水で濡れていて寒いし、何より秘密が気になって仕方が無い。
「はい…はい…」
ズビッっと鼻水を啜って顔を上げると、目が真っ赤に腫れ上がっていた。
そして夢廻は、遂に少しずつ話し出した。
「鈴くん、心療内科に通院してますよね」
「おう」
何故今その話をするのだろう。疑問しか浮かばない。
「実は、鈴くんの掛かりつけの先生、私の母なんです」
「…ん?えっ」
「ごめんなさい。鈴くんのこと沢山知っていたのも、全部そのせいなんです。母のカルテや母本人から鈴くんの話を聞き出していたんです」
「お、おう」
僕の病名はマイナーだ。
自己敗北性人格障害。そんなものを素人が遠くから見ているだけで判別できる訳がない。その他にも、知り過ぎている、とは思っていたが、そういうことだったのか。
「許してもらえないと思います。こんなこと絶対駄目なことです…ごめんなさい…」
さっき程ではないがすっごい泣いていた。
確かに普通に考えてアウトだが盗聴とかしている時点でゲームセットはとうにしていると思うので、謎が解けた、というだけで別に怒りは全くない。
「あと…私の家、この辺では有名な資産家で…」
麻倉が彼女を知っていたのはそういうことだったのか。加えてこの容姿。噂にならないほうがおかしい。今は鼻水でベチャベチャだが。
「人を雇って鈴くんを監視していました…」
「オイ…」
「ごめんなさい…」
一人でストーキングしているには持っている情報量が半端ではないと感じていた。そういうことなら納得できる。思考パターンは母から、行動パターンは人を雇って、後は盗聴などを行って僕という人間を把握していたのだ。
「怒ってないよ。もっとヤバイことだと思ってたしな」
「ヤバイこと…そうでした。私がこの秘密を打ち明けたのには理由があるんです」
「理由?」
「ここしばらく私は雇っている人から情報を貰って居ませんでした。何故なら私自身が鈴くん本人に接触するようになったからです」
「なるほどな」
「それで、昨日久し振りに一人になったので、その方たちと連絡を取っていたんです」
それで昨日は僕の家に来れなかったのか。辻褄が合いすぎて怖い。
「そこで気になる報告がありました」
「気になる報告…」
「心して聞いてください」
真っ赤に充血した大きな瞳で僕をいつものように真っ直ぐ見つめてくる。僕の胸がドキリと大きく動いたのが分かった。
「ああ」
「鈴くんがバイト先で会っていた女の方、殺されました」
「へ…?」
「ですから、殺されたんです。例の連続殺人の被害者です。しかも二人も、ですよ」
「おう」
完全に予想外な展開に流れ込んでいる。
「おう、ではありません。緊張感を持ってください。これは詰まる所、鈴くんの関係者である誰かが嫉妬に駆られて殺人を犯した可能性が高いということです」
「だな」
他の可能性も勿論あるが。
「昨日から私はそのことが心配で眠れません。どうしてそんなに冷静なんですか」
「いや、まあ知ってたしな」
「え」
「というか犯人は夢廻なんじゃないかと思ってた。今日はそれを打ち明けられるのかとも思ってた。それでさっきあんな宣言をした訳だが」
「…」
彼女は少しの間、考える素振りを見せる。
「そういうことでしたか…私はそんなことしませんよ。鈴くんは可愛いんだから人気があるのは仕方が無いことです」
「マジかよ」
「殺したいとは思いますが」
「こえーよ」
力が抜けてしまった。夢廻を抱きしめながら地面に座り込む。
「そういうことだったのか」
「鈴くんごめんなさい…まだあと一つだけ言っていないことがあります。それは、まだ秘密にしておきたいんです。まだどうしても勇気が出ないんです…近いうちに必ず言いますから」
「わかったよ。まあ急がなくていいさ」
「鈴くん…」
「それからなんだけど、そろそろ移動しないか?」
「え」
周りには野次馬が集まって来ていた。見通しのいいこの場所は夜はカップルやランニング中の人で賑わう。一時間も抱き合いながら泣いていれば注目の的にならない訳がない。
「やるね〜」
「全くこんなところで…」
「消えろ」
辺りからポツポツと声が聞こえてくる。消えろは言い過ぎだろ。
「帰るか」
「はい…」
僕たちはなんとも言えない気持ちで展望台を後にした。
行き先は特に決めていなかったが、夕飯を食べていないことに気付き、食事をした。
「この後、僕の家に来るか?」
「遂にこの日が来ましたか」
「何か勘違いしているだろ。僕にそんな気はない」
据え膳食わぬは男の恥と言うが、出会って一週間でそれでは僕の人間性が疑われる。
倫理観や価値観は人それぞれのものであるが、僕のそれは全て読んだ本が基準になっている。不幸に引き寄せられること以外、僕には何もない。なので読んだ本の登場人物からそういった常識や価値観を学んでそれに倣っている。僕がヒロイズム信奉者気味なのは、幼少期に読んだ本の影響だったりする。人にあまり影響を受けない代わり、本に影響を受けるだけと言ってしまえば別段変わったことではないと思う。
頭がブッとんでしまうのは僕の本質、不幸になれると確信した時だけだ。
「そうですか…残念です」
「で、どうする?来るってことでいいか」
「…いえ。折角お誘い頂いて所申し訳ないのですが、今日はここで帰宅させていただきます」
「珍しいな」
「今日もし二人きりになったら、多分我慢出来ません」
「なんという正直者」
夢廻は小走りになって僕から少し距離を取り、すぐに立ち止まって僕の方に振り向いた。いつものように瞳をまっすぐに見つめてくる。
「今日は人生最高の一日でした。服、汚してしまってごめんなさい。私は一生鈴くんのそばにいます」
「気にするな。僕こそ君に救われているよ」
「愛してます。鈴くん」
心から嬉しそうに彼女は笑った。
家の秘密を知った僕は、自宅まで彼女を送ることになった。彼女の家は豪邸と呼んでいい代物だった。僕のワンルームマンションは犬小屋だったのだ。夢廻は何度も僕の名前を呼んで、何度もお礼を言っていた。
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