第5話
ついさっき起きた。やっぱり生活のリズムが狂っていくな。良くないことだとは思う。でも仕事していたときはたいてい残業しまくりで、家に帰ったら飯食って少しだけやりたいことやって寝るみたいな感じだったからな。どっちが心身によくないかは決めかねるところがある。休みが長く続くとあまり進展がない。休職の初期あたりは自分の精神状態が変化していく実感があったけれど、最近は定常状態に入ったようだ。
私の人生だけでなく世相にも暗い影が射している昨今である。いやもとから両方とも暗かったと思えばいいのか。個人の自由を尊重しているために、今の社会は少しずつ衰退しているのだろうか。もちろん自由が制限された世界では、自分のような人間は真っ先に堕落して命を落とす可能性が高い。それでも自由と平等が行き渡りすぎた結果、社会が行き詰っているように思えてしまう。今は誰もが個人であることを強要される。いちいち自分の感情と向き合うことを強いられる。そんなところがある。
みんな自己実現、自己表現に夢中になっている。便利な都市社会で粒子化した一個人としてふるまうことを余儀なくされる。都市化、文明化、資本化の圧力によって否応なく人間は存在を平坦化され、人々は皆同等という扱いを受けるようになる。自由も平等も産業革命と科学革命の賜物であって、市民革命の貢献は小さいのではないか。「自立した市民」より「お上に従う労働者」の方が社会への貢献度は高いのではないか。たまにそんな考えが頭をよぎってしまう。今の社会は平等が達成されたために、他人と差異を見出そうとして誰もが自己表現に精を出しているのだろうか。私もその一人なわけだが。
でも気軽に表現できるようになった分、表現へのこだわり、執着は昔より薄くなっているのだろうな。手間ひまをかけなくなっている気がする。まあ私がえらそうに言えた口ではないけれど。
平等についてはなんとなくわかるけれど、自由という概念は難しい。自由は怠惰と容易に結びつく。正直私には両者の間にそれほど違いがあるとも思えない。こんな考えに至るのは私の奴隷根性が強いからだろうか。
衰退していく世の中を見ていると、これからどんな事態が待ち受けているのか楽しみなってくるところがある。悪趣味だが、私が社会の問題を変えようと動いても知れているしすでに手遅れだろう。今の日本はどうがんばっても衰退するのだから、無理にじたばたするよりぼーっとしていた方がいいのではないか。こんな考えも持っている人は私以外にも多いかもしれない。
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