第13話 夢は儚く

魔法のペンダントの力で ストレートヘアを手に入れたミリアは 自宅のサロンのドアの前で 髪が元に戻っていないことを確かめる。

(よし!大丈夫)


扉の向こうでは 母のマリアンヌと 一歳違いの弟のウィリアム。 そして7歳になる妹のシンシアの3人が 夕食前の時間を 思い思いに寛いでいる。


私を見て 3人が どんな反応するか想像するだけで ワクワクする。 両開きのドアに 両手を置くと深呼吸する。

(さぁ、 ショーの始まりよ)


ミリアは 微かに頷くと ドアを開けながら大声で挨拶を口にする。

「 ただいま帰りました!」

すると 3人が私に話しかけながら、こちらを見る。


「 ミリア、いつも言っているでしょ。 レディーは、大声を・・」

「 うるさい。 何時も静かにしろと・・」

「 お姉ちゃま。 おかえりな・・」

3人が口をあんぐりと開けて 私を凝視する。

その事に 満足したミリアは、 声が出ない皆の前で 優雅にターンを決めると これみよがしに 髪を払う。


一番先に我にかえった 母が 私の髪を指差す。

「ミッ、 ミリア・・。そっ、その髪はどうしたの?」

「どうせ、作り物だろう」

「 失礼ね。 本物よ。 触ってもいいわよ」

小馬鹿にする弟の ウィルの隣に、わざと座る。


「お姉ちゃま。 すごく綺麗 」

拍手して喜ぶ妹と母も 興味津々で触ってくる。

「カツラじゃないわ。地毛だわ。 どうなってるのかしら?」

「 サラサラしてる」

二人が髪を触りながら 驚きの声をあげる。

そうでしょう。そうでしょう。私も、信じられなかったもの。


触りたいのを我慢している ウィルの顔が傑作だわ。 私的には 大満足の結果になった。

「 本物だって分かってもらえたかしら?」

自慢げに言うと、母が 俯いてハンカチを弄びながらメソメソしだす。


「ミリア。 あなたが髪のことを気にしているのは知っていたわ。 でも・・」

母が顔を上げると、いきなり私の両手を掴んで泣き出す。


「 私はフィリップに 似ているあなたの髪が好きなの。だから、もとに戻して」

母は父の巻き毛が、気に入って結婚した。 私だって お父様と同じぐらいクルクルしてるなら文句は無い。 でも、現実は 母の直毛と混ざって、 うねうねしている。


涙目で返事を待っている 母の視線が怖い。

ここで嫌だと言うと 3日は寝込む。

慎重に 母を傷つけないように 、やんわりと否定しないと 後々面倒になる。


「お母様。 ごめんなさい。 お父様と同じ髪が嫌というわけではないのよ」

「 じゃあどうして?」

「 ちょっとした・・イメージチェンジ?」

「 すぐに元に戻すの?」

「えっと・・どうかしら」

ミリアは苦しい言い訳を続けながら 安易な願い事をしたことを 今更ながら後悔していた。


悪魔に願ったから このまま一生、ストレートヘアのままかもしれない。 だからと言って すぐ元に戻すと言ったら、 私の顔を見る度に、いつ治るのかと聞いてくるに決まっている。

母は意外と執念深い。


ウィルが、どうにかしろと睨んでくる。

私だって何とかしたい。 なんとか取り作ろうとしていると ドアを開けて 父のフィリップが帰ってくる。

「 マリアーヌ。 今帰ったよ」


お父様って 本当に間が悪い。父を見て ウィル と一緒に頭を抱える。

妹が無邪気に ぴょんぴょん飛び跳ねながら喜ぶ。

「お父様、 おかえりなさい」

「ただいま。私のお姫様」

両手を広げて妹を 抱きかかえるようとしていた父が 母が泣いているのに気づくと 芝居がかった口調で母の手を取る。


「 どうしたんだいマリアーヌ? 君を泣かせたのは 一体誰だ !」

辺りを見回した父の目が私を捉える。ミリアは引きつった笑みを向ける。

「お父様、お帰りなさい」


父が青ざめた顔で その場に崩れ落ちる。

「ミリー ・・。僕のミリーが 別人になってしまった 」

すかさず母が父を抱きしめる。

「あぁ、可哀相な フィリップ 」

お互いに支え合いながら おいおいと泣き出す。


また始まったと ウィルが妹を連れて部屋を出て行く。 ミリアは オーバーな態度の両親に呆れて 冷めた目で見下ろしていたが、 これ幸いと部屋を出た。


(明日 学校に行くのが楽しみだわ)

みんなが どんな顔をするか 想像するだけで 足取りが軽くなる 。

ミリアはスキップしながら 自室に引き上げる。


***


翌日。 ミリアは荒々しい足取りで 教室に入ると クラスメイトたちが 気迫に気圧されて道を開ける。


悪魔の力によって手に入れたストレートヘアは、 たった一晩で元に戻ってしまった。

たった、一晩で!

学校のみんなに自慢しようと 楽しみにしていたのにー。 ぬか喜びで終わってしまった。


慰めて欲しいとジェニーに 駆け寄って抱きつく。

「 ジェニー 。ジェニー 。ジェニー。 聞いてよー」

「ミリーどうしたの ?」


ミリアはジェニーに ダリルとの事の顛末を話す。 慰めて欲しいのに、 話せば、話すほど ジェニーの目がつり上がっていく。


「 ダメだって言ったのに 占いの店に行ったのね」

「 昨日ウィルから電話があった時は どんな方法を使ったのかと思ったけど。そんな得体の知れ無い物を使ったなんて」

「 知ってたの? 全く男のくせにおしゃべりなんだから」


「でも ・・一度は、ストレートヘアに なったんでしょ ?どんな仕掛けになってるのかしら? 利き目に時間制限があるとか?」

私の髪を見ながら首をかしげる。

私こそ理由が知りたい。 1日も、もたいないなんて信じられない。


全く 悪魔の力なんて使えない。

エリザベスの一件があったから 本物だと思ったのに。 偽物をつかまされたんだわ。

ダリル も悪魔のくせに 人間に騙されるなんて、間抜けだわ。


ミリアは鞄から ペンダントを出すとジェニーにに押し付ける。

「 これ、ジェニーにあげるわ」

「そんな、 受け取れないわ。 すごく高かったんでしょ」


ジェニー が両手を振って断る。

金貨10枚だが 支払ったのはダリルだし。 見れば見るほど裏切られた気分になる。

あんなに喜んだ自分が馬鹿らしい。

「 いらないわ 。噂ほどの力があるとも思えないし 」

ジェニーの手を掴むと 半ば強引に 、その手のひらにペンダントを乗せて握らせる。


今回の一件で ミリアはペンダントの力を 信用 出来なくなった 。

すぐに消える魔法を喜ぶなんて シンデレラぐらいよ。 エリザベスも私と同じ気持ちを 味わったのね 。ショックを受けているかしら 。


席を見ると 一人ぽつんと椅子に座ってブツブツと小さい声で独り言を呟いている。

取り巻きの姿もない 。ついこの前まで 人気者だったのに 、今まではクラスメイト達も 遠巻きにしている。

たった三日で こんなに変わるなんて。もしかして ペンダントが原因なのかしら?


でも ・・偽物だという確証もないけれど、 嘘だという確証もないのよね。

頬に手をやって考える。


だから、ミリアは ジェニーが魅入られたように ペンダントを見ていることに気づかなかった。



***


ダリルは、 弾む足取りで 教室の見える木の枝に着地する。 念願かなって 例の仕立て屋で新しい服をオーダーしたばかりで 気分がいい 。


だからどうしても 頬が緩んでしまうのを止められない。 昔はドレスシャツが主流だったが 今はカフスボタンらしい 。


ファッションは時代とともに 流れゆくもの。

ダリルも いろんな時代の服を着てきた。

そして その度に 人間の独創性に 驚嘆したものだ。

ダリルは、 初めて 人間の服を着た時の苦い 出来事 を思い出す。


あれは、今から500年以上前。

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