第12話 ミリアの願い

ミリアは、ダリルに願い事をしろと言われて 戸惑う。


( いきなり、そう言われても・・)

両親に愛されて育ち 誰からも大切にされた。

顔も体も不満は無い。 フランス語の成績は 、とうの昔に諦めている。 恋に恋するタイプでも無い。 小さい頃は 奇跡を信じていたけど・・。


いざチャンスが訪れてみると 何も浮かばない。

ミリアはペンダントをいじりながら、何か無いかと考える。

(ええと・・・ええと・・)

横目で、ダリルを見ると 足をトントンさせながら 辛抱強く待っている。何時まで持つか。

どうしよう。 何もないと言ったら 怒るに決まっている。焦れば焦るほど 頭が動かない。

(考えるのよ。・・・何かあるはず・・)


「早くしろ!」

怒鳴り声にビクリとして 視線を動かすと ダリルが こめかみに青筋を立てながら 髪をかきあげる。

その仕草を見て ピンと来た。


「 髪がストレートになりますように」

頭がムズムズしたかと思うと すぐに治る。

これで 終わり? 呆気無い 。

物語の中では 魔法を使ったら、まばゆい光とか、 煙につつまれるとか 書いてあったのに・・。


ミリアは 確かめようと自分の髪に触れてみる。

すると、 指が何の抵抗もなく滑っていく。

さらりとした感触に ときめく。

本当に?本当に、ストレートになったの?


信じきれなくて リボンを解くと 癖のない真っ直ぐな髪が 肩に当たって胸に垂れる。

本当だ!生まれて初めて、ストレートヘアになった!

「やったー!」

幼いときから、周りの者達に『髪がストレートなら、完璧なのに』と、散々言われて来た。

これで、見返す事が出来る。

くるりと、その場で一回転すると 少し遅れて自分の顔に 髪がサラサラと触れる。


ミリアは 嬉しくて ダリルに同意を求める。

「どうかしら、 似合う?」

「美しい。 だが、 ただ美しいだけなら 凡庸と変わらない。 美しさの中に 個性がなければ 意味がない。 本当の美しさとは そういうものだ」

「・・・」


ダリルが 無表情の顔で 哲学的なことを言っているが 、要は 中身が伴わなければ駄目と言いたいらしい。 でも 、裏を返せば 見た目は綺麗と言う事だ。

素直に 褒めればいいのに。 捻くれ者!

ミリアは 取り合わない事にする。


「ああ、神様! 感謝します」

ミリアは その場に跪くと 十字を切る。

「悪魔の力だ。 神など信じていないくせに 、こういう時だけ 都合よく持ち出して」

頭上から ダリルの冷ややかなツッコミが入る。


確かに 信仰心が 厚いとは言えないが、 無いわけではない。

「酷いです。私は 神様を信じ」

反論しようと立ち上がると ダリルがペンダントを引っ張ったので 向かい合う形になる。

なっ、何する気?


「少し黒くなったな。 やはり呪具だったか 」

何をされるのかとハラハラしていると 恐ろしいことを こともなげに言う。

「呪具?」

自分でも確認してみると 宝石の下の部分が少し黒くなっている。 さっきまでは無かった。


「 魔道具の一種だ 。魔力を使うには 対価が必要になる。 この場合は魂だ。 最後まで使い切れば 魂を奪われる」

何を言っているの? まさか 私を実験台に。

この前 約束したばかりなのに。


「あんまりです。 私の魂が取られちゃうじゃないですか!」

もしかして もう見張られてる。 ミリアは ビクビクしながら 悪魔が近くにいるのではないかと あちこち見る。


「 問題ない。 魂を回収しに来た悪魔を捕まえれば 良いだけの事だ」

「 そういう事じゃないんです」

「 お前 !私が倒せないと思っているのか!」


死にたくないと言っているのに 自分のことを弱いと思われたと 勘違いしている。

話が通じないと首を振る。

「ああ!もう、誰もダリルが 弱いなんて言ってません。 魂を回収に来るということは 私 死ぬんですよね」

そう聞くと ダリルが横を向いて ぼそぼそと言う。

「様! 違う。・・ 瀕死の状態。 もしくは仮死状態だった」


瀕死にも 仮死状態にもなりたくない。

そんな目に遭い対人間などいない 。それに悪魔に 自分の命を預けろだなんて 無茶苦茶すぎる。


「 だ・か・ら、 死にたくないんです」

「だ・か・ら、 死ぬ前に倒す」

この前の件もあるし 裏切らないとも 限らない。

ダリルが失敗したら 私は死んでしまう。 そんな危険な賭けは 絶対に嫌だ。

「 ダリルが使ってください 」

ペンダントを首から外そうとすると ダリルが阻止しようと私の手を払う。


「様 !これは 人間にしか効果が無い」

「他の方法で おびき寄せてください」

「 これが最善の策だ」

「うぐぐぐ」

別の作戦にしてほしいと 説得を試みたが、 聞く耳を持たない。 このままだでは 平行線を辿って 何も解決しない。


「もう〜」

ミリアは もどかしさに地団駄を踏む。

ダリルはダリルで、 絶対意見を曲げないという態度で 睨む。

「 悪魔に命を狙われ続ける。 そんな危険な状態で 生活しろと言ってるんですか? 大切にすると約束しましたよね。 忘れたとは言わせませんよ!」

指を振りながら 迫る。 とどめに胸を突く。

すると ダリルが 私の指を掴んだまま 顔を近づけてくる。

その瞳からは 怒りの炎が見える。

何故か私が追い込まれている。 これは・・ 何か間違えた・・かな?


「 お前こそ 人の話を聞け! 最後まで使い切ればと言っただろう。 1回使っただけで 捕まえられるなら 苦労はしない」

「 そんな話 しました?」

「した!」

そう言われれば、 そんなこと言っていたような。 目を泳がせながら 視線を合わせないように していると ダリルが 投げ捨てるように指を離す。

「その・・ 何と言うか 悪魔も気が長いですね」

「 全く、 お前という奴は」

ダリルが、首を振って、こめかみを押さえる。


「 どうして すぐ奪わないんですか?」

「 魂は神の物だ。 そんなこと知らないのか?」

私の疑問にダリルが 片方の口角だけ上げると 小馬鹿に笑う。 正直知らない。

こうも宗教に詳しい悪魔がいるなんて 逆に驚きだ。


「この世の全ての始まりは 神なんだから、 その神が作った魂を 盗むのは難しい 」

「 悪魔も神を信じるの?」

「 信じているのとは違う。 その存在を知っている。 この私が存在するように」

確かに。 悪魔がいるなら 神様がいてもおかしくない。 そう考えると 興味深い。

もし見ることが出来れば 私にも本物の信仰心が芽生えそう。


「ダリル は神様に会ったことがあるの?」

「様 !無い。 だが遠くから見た事は ある」

「凄〜い。 聖書に出てくる感じ? 背は高いの? 声ってどんな感じ? お供の天使 とかいるの?」

「 ただの光だ。 多分 本体があるんだろうが 、悪魔の私は それを見ることができないし 見たいとも思わない」


身を乗り出して ダリルに次から次へと 質問攻めにする。 それでも 生真面目に答えてくれる。 だから いくら馬鹿にされても 聞きたくなる 。


「じゃあ、 天使なら見たことある?」

「 元を正せば、 天使たちのせいでここにいる」

ダリルが不服そうに 言う。何か理由がありそうだ。 まあ私には関係ないが、 一度でいいから 本物を見てみたい。

悪魔に会えたんだから 天使にも会えるかもしれない。


(天使かぁ〜。綺麗なんだろうなぁ〜)

ミリアは両手を頬に添えると まだ見ぬ 天使の姿をうっとりと想像する。

「 素敵・・」

「 信仰心が無いくせに、 神を見たいとは。 そのうち 天罰が下るぞ」

とりとめのない事を考えていると ダリルに呆れ変えられる。 天罰なら もう受けている。

そう、 ダリルに出会ったことだ。


「 そんな事より 願い事をたくさんしろ」

「 嫌です!」

ミリアは 即答する。 死ぬとわかっているのに使い続けるなんて とんでもない 。

ネックレスを返そうと手をかける。

「と、言う訳でこれは返し」

ダリルが懐から懐中時計を取り出す。

「門限は いいのか?」


言葉につられて 時計を覗きこんだミリアは 青ざめる。 思ったより時間が経っている。

「 大変!急いで帰らないと。 それでは、ご機嫌よう」

ミリアは ダリルへの別れの挨拶も そこそこ荷馬車に駆け出したが、 はたと立ち止まる。

振り返ると、そこには もうダリルの姿は無かった。


( やられた!)

私が 作戦に乗り気でないと見て わざと私の気 をそらして逃げたんだわ。 家まで返しに行きたいところだが 、やはり門限は大事だと 諦めると ミリアは馬車に向かう。


***


ダリルは空から 馬車に乗り込むミリアを 不遜な笑みを浮かべて見送る。

まんまとペンダントを ミリアに押し付けることに成功した。 人間は欲が深いから 誘惑に勝てない 。悪魔にとっては 赤子の手をひねるより 簡単なことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る