第7話 天使祝詞

ミリアはダリルを退治しようと 教会に誘い込み、十字架を突きつける。

「 アーメン!」

「・・・」

ダリルが仰け反って避けると 不愉快そうに十字架を掴んで私に押し戻す。

( そんな・・どうして?)

頭の中が真っ白になる。 消滅してないし苦しんでもいない。


そうだ。 きっとやり方が悪かったんだ。

「アーメン!」

もう一度 十字架をダリルの胸に押し付ける。

しかし、 やはり何も起こらない。


されるがままになりながら ダリルが哀れみの目を私に向ける。

こうなったら 聖書だ。 聖書は万能で どんな悪魔も退けることができると聞く。

鞄から聖書と、序でに聖水を取り出す。


一呼吸置くと 昨夜 必死に覚えた言葉を暗唱する。

「めっ、 恵み溢れる聖マリア。 主は あなたと共におられます。 イエスも祝福されました。 罪深い」

「 違う。 あなたが選び祝福し あなたの子イエスもだ」

「えっ?」

悪魔に間違いを指摘されるなんて ミリアはベラが書いてくれたメモを読み返す。

本当だ。ミリアは悔しさのあまり ほぞをかむ。


「『天使祝詞』を 唱えたいらしいが、 効かない。 私じゃなかったら 今頃 言い終わる前に殺されてるぞ」

もう一回、唱えようとしたが、不敵に立ってるダリルを見て諦める。


どうして 何一つ効き目が無いの? ベラが悪いの? ダリルが無敵なの? どっち?

「どうして何も起こらないのよ!」

やけくそ気味で 聖水をかけたが 上手にダリルが 口を開けて全部飲み干すと ご馳走様と ハンカチで口元を拭う。ぐうの音も出ないとは この事だ。どこまでも嫌味な奴。


「ここは 『うわぁ〜』とか言って 十字架を恐れるものでしょう」

「・・ 私は バンパイアではない。 悪魔だ」

「 一緒でしょ?」

「 違う! あんな軟弱者と一緒にするな。 第一バンパイアなら 昼日中に外出すると思うか? 少し考えれば分かりそうなものを」


ダリルが自分の頭を指差す。 確かに言われればそうだけど・・。 専門家でない私に 分かるはずが無い。

そんな私を見て、ダリルが やれやれとばかりにため息をつく。

「 でも 聖なる物は弱点でしょ?」

「 確かに。 だが、私は 四柱だぞ。 格が違う」 「シチュー ?」

「シチューじゃない。 四柱だ !」

ダリルが、いきり立つ。


四大悪魔って誰?・・ サタン以外の名前は知らないし、興味も無い。

「 他の悪魔なら効くの?」

そう聞くと ダリルの口角が思い切り上がる。

悪魔でも笑うんだ。

「効果が無いのは、お前に 信仰心が無いからだ」

「 信仰心?」


ダリルの指摘は あまりにも意外だ。 悪魔の口から そんな言葉が出るとは 思いもよらない。

「神を信じる心だ。 お前は 神を信じる心が無い」

「 そんな事ありません! 私は敬虔なクリスチャンです」

ムッとして言い返す。 変な難癖つけて 私の信仰心が あるかどうかなど 知らないくせに。

悪魔にそんなことを言われる筋合いはない。

ところが ダリルが疑いの眼差しで私を見る。


「 本当です。 物心つく頃から 両親と一緒に 毎週ミサに行ってますし 教会主催の行事には 積極的に参加しています」

ミリアは いかに自分が 信仰心があるかを 事細かく説明する。 しかし 、ダリルが 全てお見通しだとでも言うように 鼻で笑う。


「 どうせ、 神父の話も聞かないで 寝ているだけだろう」

「うっ」

「 教会に通った回数 イコール信仰心じゃない。 家族が行くから、 友達が行くからとか そういう惰性で行っているようでは、 信仰心は身につかない。 お前のことだ。 聖書の一ページも まともに読んでないだろう」

「ぐぐっ」


図星だ。 神父様の話が始まってから5分が限界で 頭はすぐに 他のことを考えがち。

いつのまにか 教会に行く理由が ナタリー達に会えることや その後の食事会が 目的となっているのは否めない。

「 だから お前の聖書は ただの紙の束だ」


ダリルが 私の持っている聖書を指差す。

「・・・」

ミリアは両親から15年に贈られた聖書に目を落とす。 今も新品同様。

何の反論も出来なくい。

すると ダリルが 私の顎を指で持ち上げて目を覗き込む。

「 お前は 私から逃げることは出来ない」

「 嫌です!」


ダリルの予言めいた言葉に 反射的に言い返す。

悪魔に 付き纏わられたら 私の 一生は 不幸の連続だ。 絶対 縁を切りたい。

ミリアは さっと ダリルの魔の手から逃れると、 ベンチの後ろに隠れる。


「はぁ? 何を言ってるんだ。 観念しろ。 それとも私から逃げる手段が 他にもあるとでも言うのか?」

半ばキレ気味でダリルが迫ってくる。

何も打つ手はない。 つまらない時間稼ぎをするのが精々だ。 でも、 嫌なものは嫌!


「 それは・・・」

それでも 方法を捻り出そうとするが 何も浮かばない。 かといって 素直に従ったら 私の負けだ。 口ごもっていると 本気でキレれたダリルが 二人の間にあるベンチを 叩き割って、真っ二つにする。

ミリアは 自分の未来を重ね合わせて縮み上がる。


「 さっさと言え!」

「 ありません!」

ミリアは開き直るとダリルに聖書を投げつけて 脱兎のごとく駆け出す。

兎に角 逃げて、逃げて、逃げるしかない。


***


ダリルは飛んできた聖書を 掴む。 その隙をついて逃げていくミリアの後ろ姿を 口をあんぐりと開けたまま見送る。

「なっ・・ 一体何なんだ!」

雄叫びを上げると 教会中にある ありとあらゆるものにひびが入り 天井からは パラパラと欠片が落ちる。


ダリルは 歯ぎしりしながら毒づく。

「 一度ならず二度までも。 この私に断りもなく いなくなりおって! 今度、会ったら ただじゃおかない」

少しは譲歩してやろうと思ったのに 私を退治しにかかるとは。 しかも 話の途中だった。

気に食わない事ばかりするのに、 心のどこかで 対等に渡り合うとする ミリアを 好ましく思う気持ちが もある。


ダリルは あたりの惨状を目の当たりにして ため息をつく。少々やり過ぎたか。

「ふぅー」

誰かが来る前に立ち去ろうとしたその時 ミリアの鞄が目に留まる。 全部忘れて帰ったのか? ミリアにも困ったものだ。

此処に置きっぱなしにも出来無い。


散らばった聖書や十字架を鞄に押し込むと 指をパチンと鳴らす。すると 全てが元通りになる。

教会を出ると ダリルの背後で 音も無く境界扉が閉まる。


**


ダリルは テーブルの前をいったりきたりしながら 今日あった出来事をコールに向かって 言い連ねていた。 一方的に話しているのは、分かっているが 止まらない。そうしないとストレスが溜まって仕方無い。


「 全く この私を退治しよなどと。 四柱の私をだ。 信じられないだろう? たかが人間風情のくせに 生意気だ。 女は口答えせず 男に従っていれば良いんだ」

ミリアに会ってから 調子が狂いっぱなしだ。

魔界では 私に盾突くモノなど居なかっのに。

何が原因だ?


「 思い出しただけで 腸が煮えくり返る。 ロール、 お前も そう思うだろう。 大体 人間など 儚い な生き物なのに。 私を 前にしても物怖じしない。 バカなのか? それとも 私に貫禄がないからなのか ?」

今迄に無いタイプに、どう対応していいのか分からない。もっと、強引に?もっと、親しげに?


「ミリア嬢は どんな方なのですか?」

コールの言葉に ダリルは ピタリと足を止める。

くるりと向き直ったダリルはロールを見る。

私に仕えて3千年。あの時は既に家令だったな。

「ロール。 お前は天使に会ったことがあったな」

「はい。ございます」

ロールが頷くと ダリルはノリノリで 身振り手振りを交えながら、こと細かく説明を始める。


「 純金色の髪が 緩やかにウェーブを描いて、陶器のように透き通る白い肌。 小さな卵型の顔に、形の良い眉。 大きな瞳は すみれの花そのもの。 ポテッとした官能的な 薔薇の蕾のような唇。 折れそうなほどの細い首は 美しい鎖骨へと繋がって・・。 そうだな 胸はこれくらいで 尻は胸よりやや大きく。 腰は両手で掴めるほど ほっそりとしていて 手足はすらっとしている」

「ほう〜、 人間で それほどの美女がいるとは驚きです。 まるで天使ですね」


ロールが驚愕の声を上げるとダリルの顔に笑みが浮かぶ。 ミリアを見れば 私の言葉が嘘でないことが分かる。 チャンスがあれば 是非見せたいものだ。

「 それでしたら ミリア嬢との関係を 修復いたしませんと」

ダリルバロールのアドバイスに 黙り込む。

私からアクションを起こせということか?


嫌だ。 面倒臭い。 どうして 人間ごときに気を使わないといけないんだ。 人間など その辺にいる 小悪魔どもと同等の価値しかない。 ただの使い捨てた。

「 私が思いますに 。ミリア嬢は 旦那様の扱いの酷さに 怒っているんだと思います。 いくら 相手が人間とはいえ 貴族の令嬢ならばプライドがあります」

ロールの見解に ダリルは渋い顔になる。 確かに一理ある。 今までの態度は お世辞にもそれなりに接したとは言えない。 それは分かっている。しかし 譲歩したと思われるのは癪だ。


「お前は私に どうしようというんだ?」

謝るなとプライドが許さない。 どこの世界に自分より立場の弱いものに 頭を下げる者がいる。

投げやりに聞くと ロードが私が持って帰ってきた 鞄を目の前に差し出す。


「 これを返しに行けば 全て上手くいきます」

「 わざわざ、 この私が行くのか? ミリアに取りに来させればいいじゃないか」

信じられないと自分指差すが 、そうだと頷く。


「そうです。 わざわざです。 人間は忖度する生き物です。 こちらが何も言わなくても 勝手に 相手の気持ちを推し量ります」

「・・・」

そこまでする事への価値が分からない。

なんの為に?誰が返しても一緒だ。


本当にカバンを返しに行くだけで 解決するものなのか? ダリルは困惑気味に鞄を見つめる。

ただの気まぐれで持ち帰ってしまったが、 こんな事になるならやめておけばよかった。

「 次が見つかるまでの辛抱です」

「・・ 分かった」

仕方ないと 鞄を受け取る。

どのみち返さなくてはイケない。


ロールは旦那様が 素直に鞄を受け取ったこと驚きを禁じ得なかった。もっと、ごねると思っていた。

短気な旦那様は 気に入らないものは全て排除してきた 。いくら美人とはいえ 口答えしても殺されずに済んでいるのが 不思議なくらいだ。

ここまで旦那様が 関心をもたれるとは、どんな娘なのだろう。

これは 是非会いに行かなくては。


***


ミリアは ベッドの上で何度も寝返りを打つ。

今夜は眠れそうにない。

悪魔を退治するどころか、 返り討ちにあっただけでなく 全く歯が立たなかった。

その原因が 自分とは情けない。 明日から心を入れ替えて 真面目に朝のお祈りをしよう。

「はぁ〜」

ため息をついて ベッドの上で悶々としていると、外から聞こえる物音で起き上がる。

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