第5話 泥人形の嘆き
今も昔も 王宮 を中心に栄える。
ダリルは、人の流れに沿って進む。
予想通り メインストリートに出た。 活気に満ち溢れ 馬車も人も多い。
これだけ人がいれば、 一人くらい悪魔と接触しているだろう。ダリルは、 人混みをかき分けながら 悪魔の残り香を探し始めたが、 気づけば行き交う人々の 服装チェックをしている。
茶色、 深緑 、グレー、 紺。 男も色とりどりの服を着ているが・・。
サイズが合ってない。 色が似合っていない。
季節に合ってない。 最悪なのは、 まともにプレスもされていなかったり、 タバコの臭いが染み付いたままの服を 平気で来ていたりと。
ほとんどの人間が 自分の服装に気を使わない。
(全く 以ての外だ!)
服が粗末に扱われる事に イライラしながら、足早に歩いていると 視界に仕立て屋が飛び込んでくる。
ダリルは 子供のように嬉々として店に近づく。
その店は 間口が狭いが 手入れされたドアと 昔のガラスで出来た ショーウィンドウが特徴の店だ。
中をよく見ようと ショーウインドウに、へばりついた途端 ガラスに亀裂が入る。
それを見て ダリルは渋々体を離すと 指をパチンと鳴らして 割れたガラスを元通りにする。
悪魔が人間界で過ごすのは 色々と不便なことがある。
第一は 全てのモノが脆いということだ。
大抵 魔力に耐え切れずに壊れてしまう。
だから直接 手で触れる事が出来ない。
第二は 勝手に人間の家に入れない。
神との契約の一つ。
これは悪魔が勝手に 人間を殺したり出来ないようにするための物だ。 だから、 いちいち相手の了解が必要になる。 本当に面倒だ 。
そして それが、ミリアを引き入れた 最大の理由。
人間は縛りがないので 不法侵入しても問題ない 。
だが、やはり見たい!
ミリアを待っていられない。ダリルは ガラスに強化魔法をかけた後 額を押し付けて、 鼻が痛むのもかまわず 店の中を覗く。
店の奥に 多分・・ 最新のジャケットを着たマネキンが見える。
(う〜ん。 デザインは 今、着ているのと さして変わらないな)
中が薄暗くて よく見えない。
顔の角度を変えたり 目を細めたりしたが 、やはりそれ以上見えない。 これが限界か・・。
しかし、 真っ昼間から こんな事をしているのに 定員が出てくる気配が無い。 自分から入れない事が もどかしい 。
1秒でも早く 見たいのに、 我慢するしかない。
思わずため息が漏れる。
「はぁ〜」
それでも諦めきれずに ショーウィンドウの前に立っていると 何かがぶつかる。
ダリルにとっては ハエがたかった程度の感覚しかない。無視していたが 背後からの絹を裂くような悲鳴に振り向く。
見ると 道に男が倒れて 人だかりが出来ている。
( 何ごとだ ?)
好奇心に駆られて覗き込むと 白い蝋のような肌の男が 胸を掻きむしっている。 それとは対照的に 目は、血走っていた赤い。
あまりの怪異に 人間たちは、ただ傍観している。 人垣をかき分けて 男に近づくと脈をとる。 何か言っているが 意味不明で聞き取れない。
脈は弱く 死ぬのは時間の問題だろう。
こんな死に方をするのは 悪魔絡みだ。
男が最後に大きく 仰け反ると 事切れる。
周りから悲鳴が上がる。
ダリルは、 何を掻き毟っていたのかと シャツをはだけると 黒い石のペンダントが出てきた。
オニキス?
石を調べようとすると 男の体から 黒い炎に包まれた魂が抜け出す。
ビンゴ!
この男が悪魔と取引したことは明白。
後は 契約者である悪魔の所へ行く 魂の後 ついていけば 犯人を捕まえられる。
楽勝だなこの男が悪魔と取引したことは明白。
後は 契約者である悪魔の所へ行く 魂の後 ついていけば 犯人を捕まえられる。
楽勝だな。
魂に体はない 従って 建物でもなんでも すり抜けて まっすぐに進む。 だから ダリルも 人も建物も気にしないで 一直線に進んでいく。
後ろで人が倒れても 物が壊れる音がしても 振り返りきは 更々ない。
魂と付かず離れず 一定の距離を保って追いかけていたが 前方に大きな水溜りが。
このままの走るペースだと 確実に右足が水溜りに浸かる。 だからと言って 走るペースを速くすると 追い越してしまう。
脇を通るには ロスが大きい。
折角 ピカピカに磨いたのに・・。
何にかないかと、辺りを見るが こんな時に限って 石ひとつ落ちてない。
なんとか靴が濡れない方法はないかと 考えていると右側の店から ミリアが出て来るのが見える。
「あっ、ここに居」
瞬時に方法を思いつくと ミリアの腰を通りすがりに掴む。そのまま スピードを緩めることなく 両手で頭上に掲げて 丸太のようにミリアを水たまりめがけて投げ込む。
見事、水溜りに丸太が沈む。
跳ねてきた泥水を避けながら 華麗に ホップス、テップ、ジャンプ !
しかし、丸太に片足を乗せた時 不測の事態が起きた。 丸太が急に起き上がる。
飛び退いて 靴を汚さずに済んだが 、魂を見失ってしまった。
「ちっ!」
ダリルは舌打ちして 来た道を戻ろうとすると、 何処からともなく 泥人形が現れる。
頭から つま先まで泥だらけ、 あまりの汚さに 一歩後ろに下がると 泥人形が一歩詰めてくる。
「あっ、あっ、あな、あな」
激昂しているのか 声や全身が わなわなと震えて 言葉になっていない。
厄介な奴に絡まれたと 右に避けると 相手も 動く。左に移動しても 同じ。
しつこく、つきまとう 泥人形に イライラと髪をかきあげる。
(殺せれば簡単なのに・・)
何とかしないと 服が汚れる。
そう思っていると 泥人形の 泥が流れ落ちて、 見覚えのあるシルエットが・・。
そうだった!
ミリアを水溜りに 投げ込んだんだった。
自分のした事を思い出す。
(流石に 怒るな)
「あっ、あなた! 自分が何をしたか 分かってるの!」
甲高いキーキー声に 顔をしかめる。
とりあえず元に戻しておくか。ダリルは 指をパチンと鳴らす。
***
悪びれた様子の無いダリルに、ミリアは愕然とした気持ちで睨む。
何も悪いことをしていないのに、 まるで物のように自分を投げ飛ばした。 しかもどうやら その理由は 靴を汚したくないから。
( 有り得ない!)
どう考えたって 靴より人の方が大事に決まってる。伯爵令嬢 として生まれて 蝶よ花よと育って来たのに・・。こんな扱いを受けるなんて!
何が何でも 抗議してやると 詰め寄ると、勢いよくスカートを ダリルの前に突き出す。
「いったい どうしてくれるんですか! 全身 泥まみれ・・」
が、そのまま 固まる。
「・・じゃない ?」
「ちゃんと 元に戻したぞ。 これで文句は無いだろう」
さっきまで泥だらけだったのに、嘘のように元に戻っている。否、 新品になっている。
今日つけた 袖口の インクのシミが消えている。
スカートを掴んでいる手も 風呂上がりのように清潔。ショーウィンドウ に写っている姿には 泥一つ付いていない。 いつもの自分の姿。
夢だったのかと 首を傾げると 背中の痛みも 手のひらの擦り傷 ちゃんとある。
汚れを落としただけ。
これは現実だ。
「 なんでも魔法で 片付ければいいと思うなら 大間違いよ! 人が折角 有力な情報を手に入れたから 、一刻でも早く 報告しようと探してたのに!」
人の親切を仇で返すなんて いくら悪魔でもこれは酷すぎる。 私が玄関マットじゃない!
「 分かった。 なら、その話を早くしろ」
「 謝るのが先よ!怪我まで、させそいて!」
ダリルに向かって右の手のひらを突き出す。
ちゃんと証拠がある。 これで言い逃れ出ダリルに向かって右の手のひらを突き出す。
ちゃんと証拠がある。 これで言い逃れ出てきまい。
「そう キャンキャン吠えるな。 耳障りだ」
ダリルが面倒くさそうに 手を払って顔を背ける。
「ほら!ほら!ほら!ほら!」
カチンと ミリアは 嫌がるダリルに向かって、 何度も手のひらを近づける。
と、不意に ダリルが私の手首を掴んで しげしげと傷を見始めた。
(近い、 近い)
家族以外の異性に 手を握られた事など無い。 それに手のひらに ダリルの息がかかる。
怒っていたはずなのに 変に意識している自分が情けない。
怒りを持続しようとしてるのに、 今度は ダリルが傷を指でなぞる。
するとその側から 傷跡が消えていく。
「えっ?ええ!」
またもや 証拠隠滅された。
そんなに謝りたくない? 全く 男らしくない 。
悔しさに歯噛みする。
こう言うタイプの男は 確実な証拠がなければ 、のらりくらりと言い訳して 逃げるに決まっている。
でも ここで引き下がるのは 絶対やだ!
ミリアは、 乱暴に手を引き抜く。
「 勝手に触らないで!」
「 お前の血は 甘い匂いがする」
「はぁ〜?」
ダリルが また人を煙に巻く ような事を言う。
「何を言っているの? 私はデザートじゃ・・まさか、食べる気?」
ミリアは身の危険を感じて 自分を抱きしめる。ダリルが 私の反応を面白がるように 嘲笑する。ミリアは 顎をツンとあげる。
( 何よ! そんな脅しなんかに 負けないんだから)
ダリルが、ジッと私を見つめていることに ハッとして頭を両手で押さえる。
「今 、私の記憶を消そうとしたわね!」
このままだと お父様の二の舞になってしまう。
仕方無い。
「絶対、許さないんだから。 もう 二度と私の前に姿を現さないで !絶対よ」
ミリアは 捨て台詞を吐くと その場にダリルを残して逃げる。もう、プライドも何も関係ない。
尻尾を巻いて逃げ出すのは癪だが、悪魔相手では勝ち目は無い。
私を認めてくれたから依頼してくれたと思ってたのに・・。
ダリルにとって私は、人ですら無い。
もう、嫌だ。惨めすぎる。
裏切られた気持ちが広がって行く。
**
逃げて行くミリアを見ながらダリルは眉をひそめる。
五月蝿いミリアを黙らせようと何度も記憶の改ざんを試みたが、効かなかった。
何かに邪魔されたか、ミリアが特別なのか・・。
自分の知らない何かが有るのかも知れない。
ダリルは目を細める。
***
ミリアは 何度も頭の中で繰り返される ダリルとのやり取りに怒りが収まらない。
目を閉じると 泥水に浸かった時の 水の冷たさや 臭い。 踏まれた時の痛みが甦る。
( どうして私が こんな目に ・・)
怒りの中に やりきれない悲しみが混ざっている。誰かに話したくても、 あまりに惨めな出来事に 誰にも話せなくて 一人で悶々とする。
気を紛らわそうと作っていた キュルのチョーカーを 放り投げて突っ伏す。
「あぁ、もう!ダリルの馬鹿!・・」
髪を引っ張られて 顔を上げると キュルが潤んだ瞳で私は見ている。 ミリアは 健気な姿に 気持ちを鎮めると キュルの頭を撫でる。
「 あなたに 怒ってるわけじゃないのよ」
キュルが嬉しそうに 頭をこすりつけてくる。
もうすっかり家族の一員だ。
気を取り直して ベルベットの紐に ビーズで作った花の飾りを通すと キュルの首に結ぶ。
「 うん。似合っている 」
こげ茶色の体に オレンジ色はよく映える。
キュルが不思議そうに 花飾りを 弄る。
同じ悪魔でも キュル こんなに優しい。
それに引き換えアイツは 、私の事を物扱いした! ギリギリと 歯ぎしりする。
いくら温厚な私でも 流石に堪忍袋の緒が切れた。
コンコン!
ノックの音に キュルを肩に乗せる。
「どうぞ」
「失礼します」
メイドのベラが入ってくる。
何としてもこの仕返しをして ついでに縁も切ってやる。ミリアは、 イライラぶつけるように クッションを殴る。
相手は魔法を使うから それに対抗できる力が必要だけど、どうやって手に入れたら良いのかしら?
「 どうなされました。 何か嫌なことでもあったんですか?」
心配したベラが 聞いて来る。クッションを撫でながら 気にしなくていいと言おうとしたが 、ベラが 大のオカルトマニアなことを思い出す。
何せ ハロウィーンに 墓場まで出かけるほど 、のめり込んでいる。 どこまで当てになるか分からないが 私よりは詳しいだろう。
「ベラ。 悪魔退治の方法 知ってる?」
すると、ベラが ベッドメイクを途中で止めて 私の両手を力強く握る。
「 お任せください。 この時のために 勉強してきました。 やっとお役に立てます」
ミリアは 瞳を爛々と輝くかせている ベラを見て 相談する相手を間違えたと 悔いる。
「ベラ 。ありがとう。 でも、 神父様に相談するから」
「 それで 、どんな悪魔ですか? 名前は何と言うんですか? もし知らなければ、 特徴を教えてください」
「 ベラ 、あのね」
「背丈はどれくらいですか? 角はありましたか? 牙は? 羽根は? 動物に例えると どんなのに近いですか? どんな攻撃をしてきましたか?」
断ろうとするが 、すっかりその気になったベラが 矢継ぎ早に質問してくる。
「えっと・・ 人間みたいかな?」
たじろぎながらも なんとか断ろうとするが もはや逃げられない。
「 何て恐ろしい。 彼らは美女が好みなんですよ。 よく、ご無事でしたね」
「うっ、 うん 」
「やっぱり、 いたんですね。 彼らを退治する方法は 色々あるんです。 どんな方法かと言うと」
ミリアは ベラが延々と 知識を披露するのを聞きながら、 暗雲たる気持ちになる。
果たして ベラの話を信じるのは 得策なのだろうか?。
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