第128話『真金拘束』9
「お医者様でも草津の湯でも惚れた病は治りゃせぬ……ってね」
お湯に肩まで浸かって僕。
ルシールと黛による鍋焼きうどんを食べ終えて自身の部屋に戻り、華黒の準備してくれたお風呂に入っているという現状だ。
「ふい……」
安堵の吐息をつく。
何はともあれゴールデンウィークももうすぐ終わる。
色々あったけど良い思い出だ……と言えれば良かったけどそうは問屋が卸さない。
主に華黒が。
ガチャリと扉の開く音が聞こえる。
脱衣所に誰かが入ってきたのはそれだけで悟れる。
無論、華黒以外にはありえないのだけど。
衣擦れの音がした。
華黒が脱衣しているのは明確だ。
「華黒……」
僕は浴室と脱衣所の間の扉を挟んで華黒に言う。
「今日は許可した覚えはないよ?」
「裸と水着……どっちがいいですか?」
聞いちゃいない。
「怒るよ?」
「誰に対してですか?」
「そりゃまぁ……」
えーと……誰に対してだろう?
クネリと首を傾げる。
誰に対してだろう?
「華黒?」
「何ですか?」
「何かあった?」
そう問わざるを得ない。
華黒がマシロニズムなのは今に始まったことじゃないけど……こと下半身関係においては一線を越えることを……少なくとも僕の警戒する範囲においては……聞き分けよく遠慮しているはずだ。
それがこんなに積極的になるのはおかしいと言えばおかしい。
まぁそんなことを言えば僕も華黒も根本的に人間として壊れてはいるのだけど。
「それをお話しするために混浴を許可してもらいたいです」
「水着限定でね」
さすがにそこは譲れない。
「私に魅力は無いですか?」
「逆」
「逆?」
「魅力がありすぎて困るから制限をかけてるの」
それくらいわかれ。
と言っても無駄なんだろうけど。
「では水着で」
そして水着姿で華黒が浴室に入ってきた。
こぼれそうなバストと主張するヒップをビキニがギリギリ押し隠している。
扇情的と言って言い過ぎることの無い光景だ。
「ふい……」
僕は煩悩を鎮めるために目を閉じた。
視界が真っ暗になる。
正確には明かりの残像が見えているのだけど。
華黒は頭と体を洗って僕に重なる様に入浴した。
ザブンとお湯が溢れ出る。
僕の胸板に背中を預けて、
「いいお湯です」
華黒はそう言った。
まぁ異論はない。
「それで? 何の用?」
「わかります?」
「わからいでか」
「兄さんと一緒したかったんです」
「もうちょっと詳しく」
「此度のゴールデンウィーク……兄さんは白坂白花と酒奉寺昴とルシールと黛とデートしました」
「…………」
ああ。
なるほどね。
「それでそれを取り返したくて一緒に入浴ってこと?」
「有体に言えば」
「馬鹿だなぁ」
僕はお湯に濡れている華黒の髪を撫ぜた。
「たしかに状況に流された僕も悪いけど……華黒はもうちょっと僕を信用してもいいんじゃない?」
「でも兄さんは御伽噺の王子様のように格好良いから誰だって惚れます」
そう思っているのは実は華黒だけ……と言っていいものか迷った。
だから、
「大丈夫だよ」
僕は力強く言葉を紡ぐ。
「僕は華黒にメロメロだから」
「本当ですか?」
「嘘でもいいけどね」
「嘘じゃ嫌です」
「じゃあ本当」
「むぅ……」
拗ねたように華黒。
更に僕に体重を預けてくる。
無論お湯の浮遊感のため重くはないけども。
僕は僕に体重を預ける華黒の腰に腕をまわして抱きしめ、華黒の耳元に囁きかける。
「大丈夫。僕を信じて。僕は華黒のことが好きだから」
それはお世辞じゃなく本心だ。
少なくとも華黒がいつか世界を許して僕の元を去る日が来ても僕は華黒を想うだろう。
だからそれは……その言葉は一直線に華黒の心に響いた。
「兄さん……私も兄さんのことが大好きです……!」
「うん。なら良かった」
僕はギュッと華黒を抱きしめる。
華黒の背中はいつも通り華奢だ。
ガラス細工のように繊細な心と体。
それを愛するのも僕の務めだ。
ゴールデンウィークに色んな女の子とデートしたための……せめてもの華黒に対する慰みだろう。
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