第127話『真金拘束』8
ちなみに先に言っておくと、先日の昴先輩とのデートで着たコスプレ衣装は先輩の手に委ねられている。
僕にしろ華黒にしろあんなものは一発ネタでしかなく再度着る意味を持たないがためだ。
そんなわけで僕はティーシャツにジャケットにジーパン。
華黒は春らしいワンピース。
それから先輩にもらった香水をそれぞれつける。
ルシールと黛に関しては既に昼食時には私服に着替えていたので割愛。
そんなわけで僕たちはショッピングモール百貨繚乱に出向くのだった。
右腕には華黒が抱きつき、左手はルシールの右手と繋がっており、そして後方には黛。
いやもう……何の集団なんだか……嫉妬の視線より憧憬の視線が多いのは僕まで……止めよう……考えて楽しい思考ではない。
「ところで夕食のメニューは決まってるの?」
気を紛らわせるために僕は会話を開始した。
「鍋焼きうどんのつもりですが……他にリクエストがあるなら受け付けますよ?」
黛が淀みなく答える。
まぁうどんならぶきっちょなルシールでも作ることは可能か。
そこに黛のフォローが入るというのなら文句を言う理由は探しても見つかるまい。
「ところで市場から離れているのは気のせい?」
「まぁ買い出しなんてちょっと夕方に寄ればいいだけですし、それまでは適当に遊びましょうよ」
「華黒はそれでいいの?」
「不満が無いと言えば嘘になりますが兄さんとデートできるだけで胸いっぱいです」
それはそれは光栄なことで。
「じゃあゲーセンコーナーに行きませんか? こう見えて黛さんは格ゲー強いですよ?」
「僕は弱いよ。華黒はゲームに興味無しだし……。ルシールは?」
「………………ひどく苦手」
だろうね。
何かにつけ一歩遅いルシールだ。
格ゲーが強かったらそれはそれで僕の世界がひっくり返る。
「………………ごめんなさい」
「いや、格ゲーが弱いのは僕も一緒だから。むしろ同志? ウェルカムトゥー弱者仲間」
「………………うん」
頷いて微笑むルシールは大層可愛かった。
華黒に右腕を占有されていなければ抱きしめたかもしれない。
嘘だけどさ。
そう言えばこのゴールデンウィーク……白花ちゃんともゲーセンに行ったっけ……。
白花ちゃんの才能を垣間見た瞬間だったなぁ。
「兄さん……今違う女の子のことを考えていますね?」
腕に抱きついている華黒が厳しい眼で僕の視線と自身のソレとを交錯させた。
「なんでわかるの?」
「兄さんのことならだいたいわかります」
「ですか」
別に後ろめたいこともないので簡潔に述べる。
「兄さん? 兄さんの恋人は百墨華黒ですよ?」
「知ってるよ」
「本当に?」
「じゃなかったら華黒と腕組むわけないじゃん」
「むぅ」
不満げな華黒だった。
「後でじっくりその辺の共通理解を深めねばなりませんね」
「お手柔らかに」
正直恐い。
基本的に華黒はヤンデレだ。
僕のためなら殺人すらいとわない。
僕と同じく病院に通い投薬によって冷静さを得ているとはいえ、いつ瓦解するかもわからない感情は崩落寸前のダムの様なものだ。
そうならないための判断は常に僕が気を配っている一種の儀礼。
真白が華黒を愛していることをいちいち確認せねばならない。
華黒が真白を愛していることをいちいち表現せねばならない。
それでやっと華黒は安心できるのだ。
故に腕を組むくらいに躊躇いは生じない。
むしろ拒否して華黒の不安を煽る方が致命的だ。
無論全てを譲歩するわけではない。
最終的な一線は当然ながら守る。
少なくとも僕が華黒の責任を背負えるようになるまでは。
一時期は一線を超えるために苦労もしたけど……まぁ若気の至りと云う奴だ。
忘れてくれれば幸い。
思考のどつぼにハマりそうになったので話題転換。
ゲームセンターのコーナーに移動しながら僕は黛に問うた。
「鍋焼きうどんなんだけどさ……シイタケは入る?」
「原木シイタケを使うつもりですが……」
「甘く煮ることは出来る?」
「そうして欲しいんですか?」
「うん。まぁ……ね」
「希望に沿いましょう」
あっさりと黛は了承した。
「うん。夕飯が楽しみ」
「………………あう」
僕の左手を握るルシールの右手の握力が少し強くなった。
緊張しているのだろう。
真白に食事を提供するということがルシールにとっての一種の試練になっているのは否定しがたい認識だ。
ましてぶきっちょともなれば緊張の一つや二つはあるはず。
そのいじらしさに苦笑してしまう。
「兄さん?」
いちいち鋭いね華黒は。
「何でもないよ」
「嘘ついていませんか?」
「天地神明にかけて」
と言うのが嘘の常套句だけど。
そんなわけで華黒の機嫌をとりながら僕は百貨繚乱を練り歩く。
ゲーセンコーナーで時間を潰し、市場で鍋焼きうどんの材料を調達。
帰宅。
後にルシールと黛の部屋にお呼ばれ。
あたふたするルシールと冷静な黛による鍋焼きうどんを御馳走になるのだった。
シイタケを甘く煮たのは黛だ。
ルシールにとっては高等技術だろう。
まぁそれもいずれの話だ。
鍋焼きうどんは美味しかった。
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