第126話『真金拘束』7
引き続きゴールデンウィーク。
「――――」
メープルシロップのように甘い声が僕の聴覚器官を刺激した。
眠い……けど、あやふやながら意識は覚醒する。
甘ったるい声は尚も続く。
「………………真白お兄ちゃん……起きて」
おずおずとした声だ。
ある意味で更なる眠気さえ誘う。
ゆさゆさと体を揺すられる。
起こされようとしているのは眠いながらもわかった。
「まだ……寝る……」
そうぼやいて意識を睡眠の底へ沈めようとすると、
「………………駄目……だよ。……華黒お姉ちゃんが……御飯作ってる」
やはりゆさゆさ。
どうやら眠らせてはくれないらしい。
「んー……」
と不機嫌に呻いて僕は段階的に意識を覚醒させる。
「………………真白お兄ちゃん」
声は変わらず天から降ってくる。
ゆさゆさ。
華黒でないことはわかった。
華黒の声は鈴振るような凛としたソレだ。
しかしてこの声はとても甘く華黒のとは別の魅力がある。
さらに意識を覚醒。
「………………起きないの?」
困ったような声。
怯えすら混じっている。
その声と雰囲気を脳内で照合させる。
判定……百墨ルシールに相違無し。
ていうか、
「真白お兄ちゃん」
なんて呼んでくれるのはルシール以外に有り得ない。
さらに意識を覚醒。
「……むに」
目を開く。
茫洋とした映像はあくまで脳で処理したモノだ。
きっと視覚そのものはキチンと映像を捉えているだろう。
そう思う内に意識のピントが現実に補正される。
僕の寝顔を覗きこむような形のルシールと目が合った。
「………………ふえ……お兄ちゃん……起きた……!」
逆ビックリエビ飛び跳ねを実現させてルシールは僕から距離をとる。
金髪のセミロング。
深い色合いの碧眼。
西洋人特有の白い肌。
これで立派な日本人……僕の従姉妹だ。
「くあ……」
と欠伸を一つ。
僕はルシールを肴に完全に目を覚ます。
そして言う。
「別に目覚めのキスをするのはいいけど華黒を敵にまわす気構えくらいは持っておいてね」
「………………そそそ……そんなつもりじゃ……ない……よ?」
じゃあなぜそんなに狼狽える……という言葉は胸の内にしまった。
「今何時?」
「………………十三時」
「そっか。ここまで妥協してくれた華黒に感謝だね。ていうか僕を起こすなんて役目をよく華黒が譲ってくれたね?」
「………………お姉ちゃんは……黛ちゃんと一緒に……昼食の準備中」
「さいですか」
僕は寝間着姿のまま起き上がるとベッドを出て腰を抜かしているルシールに近づく。
そしてその金髪をクシャクシャと撫ぜて、
「おはようルシール」
と言った。
「………………おはよう……お兄ちゃん」
ルシールは紅潮して挨拶を返してくれた。
うん。
可愛い可愛い。
それからもう一度欠伸をしてから僕はルシールを連れてダイニングに顔を出す。
「おはようございます兄さん」
「おはようですお姉さん」
「ん。おはよう」
華黒と黛が出迎えて挨拶をくれたので素直に返す。
「兄さん……もうすぐゴールデンウィークも終わりですよ? 学業に支障のない範囲での起床に慣れなければ」
「努力してみる」
「お姉さんは大物ですね」
「ありがと」
誠意を込めないで対応する僕だった。
ダイニングテーブルには既に昼食の準備が。
ホットサンドが用意されていた。
ふらふらと歩いてダイニングテーブルのいつもの席に着く。
隣に華黒が、対面にルシールと黛が、それぞれ席に。
そして一拍して感謝の言葉を捧げると昼食と相成った。
華黒と黛が作ったホットサンドだ。
不味いはずもなかろうけど純粋に美味しかった。
横に出されたコーヒーも香り高い。
「お姉さん、目は覚めてますか?」
「まぁね」
「今日はルシールと黛さんとでお姉さんとお姉様に夕食を御馳走するつもりですけん百貨繚乱への買い出しに付き合ってもらいますよ?」
要するに荷物持ちね……。
まぁデートの意味合いもあろうけど。
しかしてかしまし娘とモールでデートとなれば衆人環視が気になるなぁ。
ホットサンドを咀嚼、嚥下。
華黒はこの状況に納得しているのだろうか?
チラリと華黒を見ると不満半分融通半分といったところだった。
自分以外の人間とデートするのが不満だが……かといって諌めるほどのものでもない。
そんな感情が透けて見えた。
まぁ実際この前の昴先輩とのデートも妥協したわけだし、少しずつではあるけど華黒も世界に対して優しくなったってことかな?
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