第117話『巡る業』4


 そして次の日。


 華黒にしては珍しく普通に起こされてダイニングに顔を出す。


「では兄さん」


 華黒が僕の席の前にコーヒーカップを置いて、


「すぐに朝食をお持ちしますので」


 キッチンへと消えていった。


「くあ……」


 欠伸を一つ。


 それからコーヒーをズズとすする。


 眠気眼な僕の視界でルシールがあうあうと狼狽え、黛がくつくつと笑っていた。


「………………おはよう……真白お兄ちゃん」


「おはようございますお姉さん」


「ん」


 コーヒーを一口、


「おはよ」


 眠気をそのままに僕は挨拶を返す。


「変わらずお姉さんは朝が弱いですね」


「業だね」


 僕と黛とで苦笑する。


「………………お兄ちゃん……無理して……ない?」


「登校や勉学は無理してするモノじゃないかな?」


 ちょっと皮肉をスパイスに使うと、


「………………あう」


 ルシールは恐縮した。


 碧眼が揺れる。


 これはフォローを入れなば。


「気にしなくていいよ」


 なるたけ自然を思わせる形でルシールに微笑んでみせる。


「………………あう」


 今度は赤面して黙り込んでしまうルシールだった。


 扱いが難しいねこの子。


「こら」


 と怒ったのは黛。


「ルシールを翻弄させないでくださいお姉さん」


「そんなつもりはないけどね」


 泰然自若と僕。


 コーヒーを一口。


「むぅ」


 唇を尖らせる黛。


 むぅ、じゃないって。


「兄さん、黛、どうかしましたか?」


 朝食を持って華黒がダイニングに現れた。


「何でもない」


「はい。何でもありませんお姉様」


 口を閉じる僕と黛。


 華黒は僕と黛を見た後、赤面しているルシールを見てだいたい察したらしい。


「兄さん……」


「違う」


 一刀両断。


「で? 今日の朝御飯は?」


「サンドイッチです」


「あいあい」


 コーヒーにも合うね。


「いただきます」


 と言った後に一拍。


 ヒョイヒョイとサンドイッチを咀嚼嚥下する僕。


 華黒もまたエプロンを外しダイニングの席に着くと朝食を開始する。


「どうせ僕が起きるのは遅いから先に食べてていいよ?」


 と言ったことが何度かあるけど華黒は、


「知りませんか? 食事も好きな人と一緒にとった方が美味しいんですよ?」


 頑として譲らなかった。


 いいんだけどさ。


 僕はサンドイッチを頬張りコーヒーで押し流す。


 さすがにここまでくれば完全に僕の意識は明瞭になっていた。


 当たり前なんだけどね~。


「華黒、コーヒー」


「はいな。兄さん」


 僕のコーヒーカップを持ってキッチンへと消えていく華黒。


 華黒が消えたところで、


「はぁ」


 と嘆息する。


 憂いの吐息だ。


「おや? お姉さん……何か憂慮することが?」


 まぁ……ねぇ?


「僕には前科があるからね」


 それは意味の解らない言葉だったろう。


「………………?」


「?」


 案の定ルシールと黛は首を傾げた。


「言っている意味がわからない」


 と表情で語る。


 説明してやる義理は無い。


 理解できる華黒はキッチンだし。


 そんなわけで僕の嘆息は虚空に撹拌するのだった。


「…………」


 サンドイッチを一つとって頬張る。


 チーズの甘みとトマトの酸味とレタスの歯ごたえが心地よい。


 クシャリと音がする。


 レタスの噛みごたえだ。


「………………お兄ちゃん……何か悩み事?」


 虚空に撹拌した僕の嘆息を集めながらルシールが問うてくる。


「ま、ね」


「………………私たちには……話せないこと?」


「話す必要が無いこと」


「お姉さん。黛さんとルシールとてお姉さんの心配くらいしますよ?」


「なべて世はこともなし……ってね」


 苦笑し、それから華黒の準備してくれたコーヒーのおかわりを飲む僕だった。


 インスタントコーヒーは苦かった。


 ……当たり前か。

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