第109話『与えられるモノ』2


「うへへへへぇ」


 華黒が気持ち悪く笑う。


 至福の一時なのだろう。


 本人が満足であることに否定をするつもりはないけどちょっとは周りの……衆人環視の目を気にしてほしいのも本音で。


 今は瀬野第二高等学校に向けて登校中。


 衆人環視の僕と華黒に向けられている視線の三分の二は呆れと羨望が占めていた。


 もう三分の一は華黒に見惚れるソレだ。


 おそらく後者は新入生だろう。


 完成された美を持つ華黒に一目惚れしない奴は男じゃない。


 あるいはモーホーか。


 僕は嘆息する。


「なんですか兄さん……そのあからさまな溜め息は?」


「誰のせいだと思ってるのかな?」


「恋人と腕を組んでの登校は青春グラフティ的で若者としては望むべきシチュエーションと存じますが」


 優越感が無いかと言われれば否だけどね。


 それでも、


「華黒を独り占めしているというのはプレッシャーだなぁ」


 そゆことなのだった。


 華黒は片手で鞄を持ち、もう片方の手……というか腕で僕の腕と組んでいる。


 ラブラブバカップルモード全開だ。


「お姉様も大概心臓ですね」


 これは黛。


「………………華黒お姉ちゃんは……綺麗で……一途だから……ね」


 これはルシール。


 二人とも学生服を着て鞄を持って僕と華黒の少し後ろを陣取っている。


 後ろをチラリと見る。


 ルシールは憂いの表情だった。


 黛はニヤニヤしている。


 おまけ……と言うにはルシールと黛は華やかすぎた。


 ルシールは金髪碧眼の美少女。


 黛もボーイッシュではあるが……それ故に中性的な顔立ちの美少女だった。


 そして黒髪ロングの大和撫子……美少女と言うのも躊躇われる美貌を持つ華黒。


 そんな三人と肩を並べて登校しているのだ。


 嫉妬と羨望の視線に刺されるのはしょうがないといえばしょうがない。


「………………なんだか……目立ってないかな?」


 今更なことをルシールが言う。


「ルシールは可愛いからね」


 黛が苦笑する。


「………………ふえ……可愛く……ないよ?」


「謙遜も度が過ぎれば……って毎回言ってるでしょ?」


「………………ふえ」


 ルシールは黛に封殺された。


「不肖黛さんもそれなりでしょ? お姉さん?」


「まぁね」


 僕は否定しない。


「ルシールも黛も十分美少女だよ。華黒もそうだけど……これじゃ僕が美少女をはべらせていると誤解を受けてもしょうがないね」


「なに……お姉さんも綺麗ですから花の四人組ですよ」


 いけしゃあしゃあと黛。


 心臓はお前だ。


 視線だけでそう語ると、


「や、冗談です」


 黛は肩をすくめるのだった。


 それから、


「ルシール……」


 と隣を歩いているルシールに声をかける黛。


「………………なぁに黛ちゃん?」


 コクリと首を傾げるルシールはちょっと可愛かった。


 そんなルシールに寄り添って、


「黛さんたちも負けないようにしよう」


 宣言する。


「………………具体的には?」


「友達同士腕を組む!」


「………………別にいいけど」


「うん。それでこそ親友。むしろ心の友と書いて心友」


 そう言って黛はルシールの腕に自身の腕を絡ませるのだった。


 いったい何なんだかな。


 僕と華黒が腕を組み、ルシールと黛が腕を組む。


 そして四人仲良く学校への道のりを踏破する。


 ちなみに僕と華黒が男女交際として付き合いだしたのは去年の文化祭から……ということになっている。


 その後色々あって一時的に解消されたりもしたけど……そんな諸事情を瀬野二の生徒が知るはずもない。


 故に僕と華黒との関係性は周知の事実だ。


 問題は……、


「やれやれ」


 ルシールと黛との関係性だ。


 こうやって一緒に登校しているだけで不条理な義憤の感情が突き刺さる。


 羨望に嫉妬を一対一で混ぜ合わせた憤り方だ。


 あまり良き感情とは言えない。


 わかってはいるけどルシールや黛を無下にするわけにもいかず……結局のところ道化に甘んじる他なかった。


「なにあの美少女軍団……?」


「全員好みだ……」


「声かけてみろよ……」


「そういうお前が行けよ……」


 そんなヒソヒソ声が聞こえてくる。


「…………」


 もしかして美少女軍団に僕も入っているのでしょうか?


 もしかして全員好みだという認識に僕も入っているのでしょうか?


 もしかして声をかける対象に僕も入っているのでしょうか?


 返答が恐いから聞かないけどさ。


 僕は嘆息して登校を続けるのだった。


 腕に華黒を引っ提げ、後方にルシールと黛を連れて。


「うへへへへぇ……」


 華黒は腕を組んでいる僕の肩に頭部を乗せてラベンダーの香りを擦り付ける。


 君は気楽でいいね。

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