第108話『与えられるモノ』1
「Ppp! Ppp! Ppp!」
目覚まし時計が鳴る。
「ん……」
朝から騒がしい。
もう少しだけ眠りにおける安息を。
そう思っても仕方ないほど眠かった。
「ん……むに……」
騒音の元を黙らそうと腕を伸ばしてみたけど目標は捉えられず。
そして捕えられず。
そして僕の抵抗をあざ笑うように目覚まし時計の悲鳴はけたたましくなっていく。
虚ろと確固さの間で揺れる意識に割り込んできたのは目覚まし時計の悲鳴ともう一つ。
「兄さん。起きてください」
鈴振るような美声だった。
それが誰の声なのかは……長い付き合いだ……わかったけど、だからこそ甘えてしまう。
「……まだ寝る」
「昨日で春休みは終わりました。今日から学校ですよ」
「……でも寝る」
「遅刻はしないにしてもこのままいけば重役出勤ですよ」
「……それでも寝る」
「寝こみを襲いますよ」
「うう……わかった。起きるよ……」
僕はしぶしぶと意識を覚醒させた。
声の主は憤懣やるかたないといった様子だった。
「何でです!」
「何が?」
「なんで登校への危機忠告は渋るのに私が好意的行為を寄せると拒絶するように覚醒するんですか!」
激昂する妹……大和撫子然とした美少女……華黒の抗議に、
「寝こみを襲われたらたまんないし」
事実を突きつける。
「兄さん?」
「あいあい? くあ……」
欠伸を一つ。
だんだんと目が覚めてきた。
華黒の大胆発言もたまには役に立つ。
「私と兄さんの関係は?」
「……義兄妹」
「もう一つ!」
「……同姓」
「さらに一つ!」
「……クラスメイト」
二年生からの進路表で僕と華黒は理系クラスを選んだ。
だから二年生になってもクラスメイトなのは確実だ。
「まして一つ!」
「……婚約者」
「もうちょっと後退して!」
「…………………………………………恋人?」
「何で遠慮がちになるんですか!」
「騒がないで。頭に響く……って言うか……」
僕は前髪を片手でかきあげてニヒルを気取ると嘆息する。
「なんて格好してるの華黒……」
華黒の服装はエプロンしか見えなかった。
襟も裾も袖も見えない。
美しい四肢がエプロンから生え出ている。
……いわゆる一つの裸エプロン。
「そういうことすると嫌いになるって言ってなかったっけ?」
「大丈夫です」
「何が?」
「裸エプロンなんて破廉恥なことしたら兄さんが怒ると思って……すでに解決策をうってます」
「………………聞かせて」
もう一つ欠伸。
「ほら」
とエプロンをたくし上げる華黒。
瑞々しい半裸があらわになった。
あくまで半裸が、である。
「なるほどね」
華黒はビキニを着ていた。
たしかにそれなら着衣がエプロンに隠れて、なんちゃって裸エプロンを演出できる。
意気込みは買うけど却下で。
「駄目ですか?」
駄目です。
背伸びをして体をほぐすと僕は立ち上がる。
「今日の朝ご飯は?」
「ご飯と冷奴とほうれん草のお味噌汁です」
「ん。よかれよかれ。それから今すぐ健全な寝間着か制服に着替えて。目に毒だよ」
「別に裸身を晒しているわけではありませんし健全かと」
そーゆー問題じゃない。
「華黒の性質はわかってはいるけどさ……そういうところから治していかないといけないでしょ?」
「私はこれでいいですのに……」
「僕が駄目」
反論許さず断じて、それからダイニングに顔を出すと、
「………………おはよう……お兄ちゃん」
「ども! おはようっすお姉さん!」
ルシールと黛が迎えてくれた。
ダイニングテーブルに陣取り……おそらく華黒がふるまったのだろう……コーヒーを飲んでいる。
「おはよ。それにしてもなに? 先に登校してくれても良かったんだけど。僕を待つのも苦痛でしょ?」
「………………迷惑……かな?」
「またまた! 黛さんがお姉さんと寄り添って登下校するチャンスを逃すわけないじゃないっすか!」
「…………」
まぁ何でもいいけどさ。
ガシガシと頭を掻く。
それから朝食をとって身だしなみを華黒によって強制的に整えられて制服を纏うと、僕は華黒とルシールと黛とともに玄関に立った。
「いってきます」
そう言ってガチャリと扉を施錠。
さあ、始業式だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます