第101話『春に来たる』6
いくら二人暮らしを前提としたアパートでも湯船は基本的に一人用である。
二人入れないではないけど窮屈でしょうがない。
しかも美少女と一緒に……ともなれば心理的にも圧迫される。
正確には圧迫する。
心理的……主に本能を。
いくら互いに水着姿とはいえ美少女と一緒にお風呂というのは性欲を刺激するに十分すぎるのだ。
美少女……華黒は何を考えているのやら。
いやまぁ誘惑のつもりなんだろうけど。
恋人同士になってから僕と華黒は稀にお風呂を一緒することがあるのだった。
まず華黒が問うて気分によって僕が許可不許可を出す。
許可が出れば、まず僕が風呂場に入り頭と体を洗って水着を着用……風呂に入る。
それから華黒が風呂場に入ってきて頭と体を洗う。
その間、僕は目を閉じて湯船に浸かる。
洗い終わった華黒が水着を着用して風呂に入る……という流れだ。
そんなわけで僕に背中を預けて重なる様に風呂に入る華黒であった。
狭い。
「兄さん?」
「なぁに?」
「本当にルシールと黛と一緒に登下校をするのですか?」
「無下にする理由がある?」
「兄さんに人間が近づくというだけで警戒に値します」
だろうね。
「兄さんと私……二人きりラブラブ登校が出来なくなるんですよ?」
「うーん。無用の心配だと思うけどなぁ」
「どういうことです?」
「つまり僕と……ルシールや黛とが一緒になるのが許せないんでしょう?」
「まぁ平たく言えば」
「どうせ華黒は僕の腕に抱きついて一緒に登校するでしょ? そしてルシールと黛にそれを見せつければいい。僕が誰の物かって……ね?」
「ルシールや黛と腕を組んじゃいけませんよ?」
「努力はする」
他に答えようがない。
「華黒はルシールについては多少なりとも例外的価値観を持ってなかった?」
「まぁ同類ですから」
「同類?」
はて……どの辺がだろう?
僕が問うと、
「ルシールは自分に自信を持っていません」
キッパリと言い切った。
「それはまぁ」
惜しい性格ではあると常々僕も思っているところだ。
ルシールは華黒に匹敵するほどの美少女だ。
実際中学時代も求愛をたくさん受けてきたらしい。
その全てを断ったのは……まぁある意味で僕のせい。
もっとも僕がそれに気づいたのは一年前のことなのだけど。
「ルシールは兄さんのことが好きで、それ故に兄さんに私がいることを嘆いています」
そういうことなのだった。
「自分に自信を持っていないというのは見方を変えれば世界に怯えているともとれます」
極論だけどね。
「それは過去の私と近似します」
「…………」
「無論比べるのも馬鹿らしい差はありますが……根底にある恐怖は同じです」
「……さすがに華黒と比べるのは無理がない?」
「然りです」
頷く華黒。
チャプンと水面が鳴った。
「私ほど世界を恐ろしく感じている人間は数えるほどでしょう。あえて云うのならルシールは私の縮小劣化版なんです」
「世界を……恐がっている……」
「そしてそれ故に兄さんに惹かれている」
「なんで僕?」
「兄さんが自分を持っていないからですよ」
「?」
「兄さんは優しい人です。それも分け隔てなく。だから世界を恐がる者にとっての希望なんですよ」
「そんな大層な存在になった覚えはないよ」
「そう言うと思いました。でも事実です。だから私が惹かれ……ルシールが惹かれる。ある種の同族意識です」
「同族……ね……」
「そんなわけで」
華黒は僕に更に体重を傾けてくる。
「ルシールの気持ちを知っていて……なんだかなと思うわけです」
「それが……僕がルシールに愛情を注いでもいい理由?」
「あくまでなかよしこよしの範囲内ではありますけどね」
「僕がルシールに惚れたら?」
「兄さんを殺して私も死にます」
だろうね。
「私は何処かの誰かと違って愛情を無限だと信仰してはいません」
愛情定量論者。
「その全てを兄さんに与えたいし逆も然りです。それ以上を望みません」
それ以上が無いんだけど……。
言うのは野暮か。
「まぁ兄さんがルシールを想うのは……三時のおやつ程度にしてもらえればこちらから言うことはないですね」
「主食が華黒ってわけ?」
「はいな」
ニッコリと華黒は笑っているのだろう。
後頭部しか見えないけどそれくらいは悟れる。
「いつでも食べていいですからね?」
「責任がとれるようになったらね」
「兄さんはそればっかり」
「華黒もそればっかり」
「ちなみに責任の取れる年齢とは?」
「大学を卒業して就職してから……かなぁ」
「そんなに待てません」
だろうね。
僕も待てるとは思わない。
ここで口にするほど愚かでもないけど。
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