第84話『あなたが笑ってくれればそれだけで幸せ』2


 そしてバレンタイン当日。


 その放課後。


「では黛先生によるチョコカップケーキの作り方講座~」


 トテトテチテチテトテチテトテターと、どこからか管楽器のファンファーレが聞こえてきた。


 幻聴かな?


 ともあれ、


「………………よろしくおねがいします」


 エプロンをつけた私はそう言って黛ちゃんに一礼した。


 今私と黛ちゃんがいるのは私の家。


 そのキッチン。


「材料はそろえているわね?」


「………………うん」


 チョコ。バター。砂糖、ココアパウダー、卵、薄力粉、ベーキングパウダー。


「ではまず薄力粉とベーキングパウダーをシャッフルします」


「………………うん」


「チョコを溶かしてバター、砂糖、ココアパウダー、卵を混ぜます」


「………………うん」


「で、チョコ生地に薄力粉とベーキングパウダーを投入!」


「………………うん」


「生地を型に入れてオーブンで焼く。これにてお終い。どっとはらい」


「………………わ、できちゃった」


 途中途中黛ちゃんに手伝ってもらいながら私はチョコカップケーキを作り上げてしまった。


 焼き立てでチョコの香りが匂い立つ。


「………………ふわ。美味しそう」


「あとはラッピングするだけね。こういうことは器用な黛さんにお任せあれ」


「………………ありがとう」


「いえいえ」


 そう言って黛ちゃんはカップケーキを綺麗にラッピングしてくれる。


「でもいいの?」


「………………何が?」


「前にも言ったけどチョコ渡したってルシールが苦しくなるだけだよ?」


「………………ううん。そんなことない」


「言い切るね」


「………………たしかにそれは儚いけど、だから大切なの」


「?」


「………………私のチョコをもらって真白お兄ちゃんが喜んでくれるなら、それでいいの」


「一途すぎるよ……」


「………………諦めが悪いだけ。でももし真白お兄ちゃんがこのチョコで笑ってくれるなら……それがきっと至福なんだと思う……私は……」


「……そ」


 簡素に……それだけ黛ちゃんは呟いた。


 と、そこに、ピンポーンとインターフォンが鳴る。


「………………あ、余ったカップケーキは黛ちゃんにあげるよ?」


「……ありがとさん」


 そう言ってカップケーキを食べ始める黛ちゃんをキッチンに置いて、私は玄関に向かった。


 玄関を開けるとそこには、


「やあ、ルシールちゃん」


 真白お兄ちゃんと華黒お姉ちゃんのお父さんがいた。


「………………待ってました……おじさん」


「じゃあ早速行く?」


「………………ちょっと待ってください。……いまチョコケーキを作り終えたばかりで……準備が整っていないので」


 そう言って私は黛ちゃんに事情を話して、それからカジュアルな私服にもこもこのコート、ミニスカートに黒のオーバーニーソックス、それからブーツを履いて、手にはラッピングされたチョコケーキを持って準備完了。


「じゃ、黛さんはクールに去るぜ」


「………………うん。ありがとう」


 そう言ってニッコリ笑うと、


「っ!」


 黛ちゃんはボッと顔を赤くして目を泳がせた。


「ま、まぁ……友達だしね……! うん。友達だから手伝うのが当然というか……」


「………………うん。だからありがとう」


「それはもういいから早く愛しの真白お兄ちゃんのところに行きなさいよ」


「………………うん。そうする」


 そう言って私はおじさんの車に乗った。




    *




 真白お兄ちゃんと華黒お姉ちゃんの住むアパートまで車で一時間といったところだ。


 早々に沈んだ太陽の代わりに街灯がけいけいと雪景色を照らしていた。


 そう。


 今日はホワイトバレンタインなのだ。


 おじさんが言う。


「じゃあおじさんは車で待機してるから。チョコを渡してきていいよ。ついでに、はい……これは妻からの」


 そう言ってラッピングされた箱を渡される。


「………………おばさんから真白お兄ちゃんへのチョコですか?」


「そ」


「………………わかりました。確かに渡します」


「お願いね~」


 そう言って車のシートを倒して寝そべるおじさん。


 私は自分のチョコケーキとおばさんのチョコをもって真白お兄ちゃんの部屋に向かう。


 玄関ベルを鳴らす。


「はいはいはい~どちら様でしょう?」


 屋内から珠ふるような声が聞こえてくる。


 華黒お姉ちゃんの声だ。


 声まで完璧だなんて、やっぱり華黒お姉ちゃんには叶わない。


「………………あの、ルシール……です……」


 つっかえながらも私はそう言った。


 ガチャリと扉が開いて華黒お姉ちゃんが招き入れてくれる。


「いらっしゃい。もしかして兄さんにチョコを渡しに来たんですか?」


「………………はい」


「そうですか。兄さんも喜びますよ」


「………………そう……かな……?」


「何度も言って恐縮ですけどルシールは自分に自信を持つべきですよ?」


「………………ふえ」


「ともあれ歓迎します。兄さん、ルシールが来てくれましたよ」


「マジで!?」


 そう言ってドタドタとダイニングから姿を現す真白お兄ちゃん。


 覗きこむほどに呑まれそうな瞳を持った綺麗な顔立ちのお兄ちゃん。


「………………真白お兄ちゃん……こんばんは」


「はい。こんばんは。こんな雪の夜によく来たね」


「おじさんが送ってくれました」


「父さんが。そう……」


「………………真白お兄ちゃん……!」


「何でがしょ?」


「………………これ……私が作ったチョコケーキです……!」


「いやあ、バレンタインは色んな人からもらうなぁ。ホワイトデーが大変だ……」


「………………迷惑……だった……?」


「ううん。嬉しいよ。嬉しい悲鳴って奴だよ。ありがとうルシール」


 そう言って真白お兄ちゃんはニッコリと笑ってくれる。


「………………っ!」


 言葉が出ない私。


 こんな美しい笑顔は二つとない。


 私のチョコで真白お兄ちゃんが笑ってくれる。


 それは……なんて……素敵……。


「それじゃあお茶でも入れましょうか。兄さんはルシールと一緒にダイニングに行ってください」


「ありがと華黒。じゃあいこっかルシール」


 そう言って私の手を引いて真白お兄ちゃんはダイニングへと歩んだ。


 そしてダイニングの席につくと、


「ルシール、このラッピング開けていい?」


「………………はい」


 ガサゴソと包みを開く真白お兄ちゃん。


「お。チョコカップケーキ。食べていいの?」


「………………どうぞ」


「ではお茶が来る前に一つ失敬。いただきます」


 そう言って一口、私のチョコを真白お兄ちゃんは食べた。


 食べて……くれた……。


「………………どうでしょう?」


「うん。とっても美味しい」


 そう言ってニッコリ笑う。


 その真白お兄ちゃんの笑顔に私の心は撃ちぬかれる。


 私は真白お兄ちゃんが笑ってくれれば、それだけで……幸せなんだ。

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