第85話『桜咲くホワイトデー』1

 ホワイトデーのエピソードです。


※――――――――※



 時は三月十三日の放課後。


 場所は僕らのアパートのダイニング。


「スペード、ハート、クラブ、ダイヤ……」


 そんなことを呟きながら僕はクッキーの生地を型で切り取っていった。


 それら切り取った生地をアルミに乗せてオーブンで焼く。


 バターの香りが漂うシンプルなクッキーの完成だ。


「後はラッピングするだけだね」


 そう言って和紙の袋を取り出すと華黒が口をへの字にした。


「兄さん……何ゆえラッピングを?」


「え? だってそうじゃないとクッキー配れないよ」


「兄さん! クッキーを配るおつもりなんですか!?」


「そうだけど……何か変?」


「変です! 大変です! 超変です!」


「なして?」


「既に兄さんには心に決めた一人がいるはずでしょう!? その人間にのみ愛あるクッキーを渡せば万事丸く収まるというものです!」


「でもバレンタインのお返しをしなきゃ不義理でしょ?」


「そんな義理なんていりません!」


「華黒……また世界が僕と華黒で閉じているよ」


「兄さんは私のモノです! 世界に唯一……只一人だけ兄さんのお返しをもらっていいのは私だけなんです!」


「またぶっ飛んだ意見だね」


 そう言って僕は、


「はぁ……」


 と溜め息をついた。


 そして言う。


「もう少し華黒には寛容が欲しいところだね」


「兄さんの愛の対象が私以外に向けられるならその全てが私の敵です!」


「恩恵を施すなら親友よりもむしろ敵に対して施せ……ってレールモントフも言ってるよ」


「駄目です駄目です駄目です! 私の私の私の兄さんは私だけを見てればいいんです!」


「華黒?」


 僕は少しの威圧を込めてその名を呼ぶ。


 黒髪ロングの美少女……華黒はそれだけで怯んだ。


「今のはどういう意味? 場合によっては考えざるを得ないよ?」


「いえ……言い過ぎました。すみません……」


「わかればよろし」


 そう言って僕はニコッと笑った。




    *




 次の日。


 三月十四日。


 ホワイトデーだ。


「Pppp! Pppp!」


 うるさくがなり立てる目覚まし時計の叫びを切って、


「ううん……」


 と再度眠りに着こうとする僕に、


「兄さん……朝ですよ?」


 そんなコントラルトボイスが僕の耳朶をくすぐった。


「ん……朝……」


 朝という言葉に反応して目を覚ます僕。


「ん……」


 瞳を開くと目の前に華黒の顔が迫ってきていた。


「…………」


 だからどうしようとは僕は思わなかった。そして、


「ん……」


「ん……」


 と僕と華黒はキスをした。


 恋人同士の朝の挨拶だ。


 これくらいは許容範囲だ。


 そして僕は問う。


「朝……?」


「朝ですよ兄さん。起きてください」


「起きる……起きねば……ねばねば……」


 そんなことを呟きながら上体を起こす僕。


 それから華黒に手を引かれてベッドから引きずり出される。


 さすがに三月も半ばとなればそれほど肌寒くもない。


 僕は朝日を拝みながら、


「くあ……」


 と欠伸をして覚醒した。


 華黒がニッコリと笑う。


「もう朝食はできてますよ」


「毎度どうも……」


 そう感謝する僕に、


「いえいえ。私の私の私の兄さんのためですもの」


「たまには僕が作ってもいいけどねぇ……」


「兄妹ならともかく恋人ならば食事は女の領分でしょう」


「まぁ華黒の料理は美味しいからいいけど……」


「さぁさ、今日は白米に焼き鮭、納豆にメカブですよ」


「食欲を……持て余す……」


「そんなソリッドみたいなことは言わなくていいですから」


「んだね」


 そう言って僕は華黒に引っ張られてダイニングへと顔を出した。


 そこには御飯と焼き鮭と納豆とメカブが二人分置いてあった。


「いい香りだね……」


 焼き鮭の塩の香りに鼻孔をくすぐらせながらそう言う僕。


「では食べましょうか」


 そう言ってダイニングテーブルの席につく華黒。


「そうだね~」


 僕もまた席につく。


 そして同時に、


「「いただきます」」


 と合掌した。

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