第83話『あなたが笑ってくれればそれだけで幸せ』1

バレンタインのエピソード。

ルシール視点です。



※――――――――※



「………………ごめんなさい」


 私こと百墨ルシールはそう謝っていた。


 ここは私の通う中学校の体育館裏。


 その昼休み。


 体育館の設計上日がささなくて冬なのにジメジメとした場所だ。


 そこで私は愛の告白を受けた。


 名前は知らない。


 ただ彼がいわゆるイケメンと呼ばれる類で、それからサッカー部の主将をしていることだけは知っていた。


 そんな男の子の告白を私は切って捨てたのだ。


「理由……聞いていい?」


 どこかイライラしてるかのようにそう問うてくるサッカー部主将。


「………………私は、あなたのことをよく知らないから……」


「それを知るためにも俺と付き合えばいいじゃん」


「………………ごめんなさい」


 再度謝る私。


「どうせ好きな奴もいないんだろ? だったら俺と付き合ってみてもいいじゃん」


「………………好きな人は……いるよ……」


「マジで!?」


「………………はい。ですから……ごめんなさい」


 そう言って一礼する私。


「はあ……やってらんね……」


 サッカー部主将はそう愚痴って、この場……体育館裏から立ち去った。


 そのセリフは私のものだと思うんだけど……どうだろう?


「………………はぁ」


 と私は溜め息をつく。


 人を傷つけるのは嫌いだ。


 言葉は外傷はつけないけど心という器官をズタズタに切り裂く。


 だから私はあんまり話したくないし、話されたくもない。


 故に自然と声も小さくなる。


「………………でも……なんで私なんだろう?」


 クネリと首を傾げてみる。


 そんな私の疑問に、


「そりゃルシールが可愛いからさ」


 そう言って背後から現れた人物は私の胸を鷲掴みにした。


 ふにふにと揉まれる。


「………………まゆずみちゃん……やめて」


「ほっほーう。もしかしてまた大きくなった?」


 無遠慮に私の胸を揉みしだきながらそんなことを言う黛ちゃん。


「………………黛ちゃん」


「けしからんのう。うりゃうりゃ」


 やっぱり無遠慮に私の胸を揉みしだく。


「………………怒るよ?」


 少しの怒圧と共にそう言う私に、


「失礼しました」


 と言ってあっさりとセクハラを止める黛ちゃん。


 私は背後へと振り返る。


 スポーティな女子がそこに居た。


 ショートカットの黒髪に活力のある双眸。


 にやけている口元には自信が垣間見える。


 多少男子くさい女子……黛ちゃんは私の友達だ。


「………………毎回登場の度にセクハラするの止めてくれない?」


「そんなにも可愛い姿のルシールが悪い」


「………………はぁ」


 疲労の吐息をついてしまう。


 黛ちゃんはニヤニヤとしながら言った。


「いやぁ……それにしても本当に可愛いなぁ」


 ワキワキと両手の指を波打たせながら私に近寄ってくる黛ちゃん。


「………………セクハラ……駄目、ゼッタイ」


「よいではないかよいではないか」


 にじり寄ってくる黛ちゃんの額を押さえて接近を阻む私だった。




    *




 そして私と黛ちゃんは学食に場所を移した。


 私はゴボウ天うどんを、黛ちゃんはカツカレーのLサイズを、それぞれ頼んで空いている席につく。


「それにしてももったいないことしたねぇ……」


「………………なにが?」


「今回の告白相手さ。中々の優良物件だったじゃないか」


「………………優良物件?」


「そ。イケメンだしお洒落だしちょっと悪ぶっているところも可愛くていいじゃん」


「………………私、そういうのわかんないから」


「はいはい。ルシールは真白お兄ちゃん一筋なんだもんね」


「………………あう」


 私は何も言えなくなる。


 ズルズルとうどんをすする。


「真白お兄ちゃんだっけ。まだ携帯の待ち受けにしてるの?」


「………………うん。ほら……」


 そう言って私は携帯電話の待ち受けを見せる。


 そこには私の肩を抱いてピースしている真白お兄ちゃんが映っていた。


「やっぱり女の人にしか見えないなぁ……」


 うーむと唸りながら黛ちゃん。


「もしかしてルシール、そっち系?」


「………………そっちって……どっち?」


「百合」


「………………違うよ?」


「ふーん。ならいいけどねぇ」


 カツを咀嚼しながら黛ちゃん。


「それにしてもこれで今年に入って三人目だっけ? 告白されたの……」


「………………うん。まぁ。皆……私の何がいいんだろ?」


「そりゃルシールが可愛いんだよ」


「………………ふえ……可愛くないよ」


「抜群に可愛いって。金髪だし。青目だし」


「………………しょうがないよ。ハーフなんだから」


「髪や肌は外国人のそれなのにパーツの配置は大和撫子とくる。これが可愛くないなら嘘ってもんでしょう?」


「………………私は大和撫子じゃないよ。それは華黒お姉ちゃんの領分……」


「それって前に言っていた真白お兄ちゃんの彼女?」


「………………うん。真白お兄ちゃんの妹……」


「妹に寝取られたの!?」


「………………妹って言っても義妹だから。それに寝取られるも何も二人は相思相愛で……」


「は~。ハードな恋愛だねぇ。それなら見込み無しじゃん。やっぱりサッカー部主将と付き合っちゃえば?」


「………………まだ失恋した心の整理がついてないの」


「まだ好きなの? 真白お兄ちゃんのことが?」


「………………うん。大好き」


「そっか……」


 そう言ってフムンと頷く黛ちゃんだった。


 私は話題を転換することにした。


「………………それでね」


「はいはい?」


「………………それで、もうすぐバレンタインでしょ?」


「で、真白お兄ちゃんにチョコを贈りたい、と……」


「………………うん」


「さらに言えばチョコの作り方を知らない、と……」


「………………うん」


「ルシールはぶきっちょだからなぁ」


「………………うん」


「しゃあない。黛さんが一肌脱ぎますか」


「………………いいの!?」


「困っている友達を見過ごして何の友情よ? でもそれよりいいの?」


「………………なにが?」


「心の整理とは別に現実ではもう恋路に決着はついているんでしょ? 今更未練がましくチョコあげたってルシールが辛くなるだけだよ」


「………………いいの。たしかに私は勝てなかったけど、諦めるつもりもないから……」


「ハードな恋だねぇ」


 感心したように黛ちゃんはそう言った。

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