第71話『ゴールドエクスペリエンス』4
今夜の夜食はカレーだった。まぁバーベキューに続いてキャンプの定番メニューと言えるだろう。明日には帰るのだからこの二つの夜食をこなしたのは当然と言えるかもしれない。
夜食を食べ終えて、簡易の温泉に入ってさっぱりすると僕と華黒とルシールは敷かれた芝生の上に寝っころがった。
夜空は満開の星々。
僕は芝生に寝っころがったまま夜空を指差した。
「北斗七星が見えるでしょ」
「………………はい」
「そこから春の大曲線を辿って春の大三角が見える」
「………………はい」
「その春の大三角の近くに見える一際綺麗な星がおとめ座のスピカ。そのスピカの近くで光っているのが土星だね」
「………………真白お兄ちゃん……星に詳しいんだね」
「うん。まぁ、宇宙ってロマンがあるからね」
「………………ロマン……ですか?」
「どうしたって星の光は光速を超えることはない。たとえばおとめ座のスピカなんか二百六十光年離れてる。つまり僕達が見ているスピカの光は二百六十年前のものなんだ。これだけでも自分の小ささと宇宙の大きさを実感できる」
「………………はぁ……」
どこかポカンとしてそう呟くルシール。
「ま、星座なんてアステリズムの範囲内の……言ってしまえば人間のエゴによって定義されているだけなんだけどね」
そう言ってくつくつと笑う僕。
「それに星がチカチカ光っているのはシンチレーションによるものだ。本来の姿じゃないんだよ」
「………………シンチレーション?」
「大気によって星の瞬きが揺らぐことだよ」
「………………はぁ」
よくわかっていなさそうにそう言うルシール。
「恐竜がいた時代と私達人間の時代では星空はまた違ったらしいですしね」
これは華黒の言葉だ。
その言葉に、
「うん。もしできるのならば恐竜時代の星空も見たかったなぁ」
僕が頷く。
「新しい星が生まれては消えていく。その過程を数十年から数千年の時を経て地球と言う小さなステージで変遷していく。つまりロマンだよ」
「………………私……ちっぽけですけど……そんな話を聞くともっとちっぽけに思えてきます」
「ま、星に比べればそうだねー。ステージの問題だよ。人間のステージで見ればルシールは魅力的な女の子だよ?」
そんな僕の言葉に、
「………………は……はぅあ……!」
ルシールが顔を真っ赤にしてうろたえ、
「っ!」
華黒が僕に肘鉄をかましてきた。
そこにきてようやく僕は自分のうかつさを理解する。
華黒の渾身の肘鉄にゲホッと咳を吐いて、
「ごめん。安易だったね」
ルシールに謝る。
「………………いえ……そんな」
真っ赤になってそう言うルシール。
華黒はプクゥとフグのように膨れていた。
「……華黒も可愛いよ」
「そんなとってつけたように言われても嬉しくないです!」
「じゃあどうすればいいの?」
「私の唇を奪って『最高の女だぜ、お前』とか?」
「どんなキャラだよそれ……」
うんざりとそう言う僕。
「なんでルシールにはあっさりと言うのに私にはうんざりと言うんです!」
「妹に向かって真顔で可愛いなんて言わないよ普通」
「こんなにこんなにこんなに可愛い妹がいるのに何で他の女を口説こうとするんです!」
「………………くど……!」
「……口説いてるわけじゃないよ。それに華黒もルシールが魅力的だって昼間言ってたじゃないか」
「それとこれとは話が違います!」
「普通華黒くらいの年齢なら兄なんて鬱陶しい存在のはずなのにね」
「私には兄さんしかいないんですよ!?」
「その解釈が既に間違いだよ、華黒」
「………………くど……口説いて……」
ワーワーギャーギャーと騒ぐ僕と華黒の隣で、ルシールが顔を真っ赤にして「………………くど……くど……」と呟いていた。
*
そして次の日の夕方。
僕と華黒はアパートに無事帰った。
「あー、やっぱり我が家が一番だ」
「今、お茶を入れますね」
玄関でパタパタと小走りしてお茶の準備をする華黒。
僕はというとアパートの玄関までついてきたルシールの頭を撫でる。
「今回はこれでお別れだね。またね。ルシール」
「………………うん……真白お兄ちゃん」
頷くルシールを見てから、僕はアパートの部屋に入ろうとして、クイと服の肘先を引っ張られた。
ルシールだ。
僕は聞く。
「なに?」
「………………キャンプ……面白かったです……真白お兄ちゃんのおかげで」
「僕も楽しかったよ。ルシールのおかげで」
「………………また会える?」
「いつでもこのアパートに遊びに来ていいよ」
「………………いいの?」
「いいよ。ルシールと過ごす体験が何よりの黄金だからね」
僕はそう言って笑った。
ルシールは顔を俯かせて真っ赤になった。
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