第70話『ゴールドエクスペリエンス』3
「くあ……」
誰も起こす者がおらず昼過ぎの十四時に僕は目を覚ました。
それから父さんの持ってきていた釣竿を持って釣堀に向かっている僕だった。
「はうーあ……」
などとのんびりとあくびをしながらヤマメがかかるのを待つ僕。
本来なら六月以降がヤマメを釣るのに最適な時期なのだけど、釣堀に季節は関係ない。
ちなみに釣ったヤマメは四百円で引き取らねばならないルールだ。
釣堀の傍に立ててある看板にそう書いてある。
「兄さーん」
と活発な華黒の声が後ろから聞こえてきた。
「んー?」
「ヤマメ、釣れそうですか?」
「んー、どうだろう……」
とりあえず今のところはかかっていない。
「それで、どうしたの華黒?」
「あ、はい、私とルシールでおにぎりを作ったんです。どうぞ」
「……ありがと」
そう言っておにぎりを一つもらう僕。
ある程度おにぎりを咀嚼するとジャリっと食塩のざらついた音が聞こえた。
多分ルシールのものだろう。あれでぶきっちょなところがあるから。学業だけを見れば成績は抜群にいいのだけど運動や家庭科はすこぶる成績が悪いらしい。まぁそれでも成績がいいだけ僕よりマシだ。
「どうですか?」
そう聞いてくる華黒に、
「ん、おいしい」
素直に感想を述べる。
二個目のおにぎりを取って食べる。
こっちは完成された味があった。塩加減も握り方も絶妙。当然華黒のだろう。
「おいしいですか?」
「以下同文」
そう言った後、僕はふと気になることを聞いてみた。
「ところで華黒……」
「はい。なんでしょう?」
「ルシールと仲良くなる方法ってわかる?」
「はぁ?」
華黒は口をへの字にして呆れた。
「僕、何か変なことでも聞いた」
「とりあえず言わなければならないことを言いましょう」
「拝聴しましょう」
「この唐変木、と」
「は?」
一秒、二秒、三秒。
「はぁ!?」
「ですから唐変木と」
「いやいや、そんなわけないじゃん」
「ですから唐変木と」
「華黒、飛躍しすぎ」
「そうでしょうか? なら何故ルシールは兄さんを前にすると緊張するのでしょう」
「そりゃ僕に苦手意識を持ってるとか……」
「だとしたら何故親の応じなかったキャンプに一人だけついてきたのでしょう?」
「…………」
「兄さんに会いたかったからだと考えれば説明がつきませんか?」
「いや、でも……」
いくらなんでもそれは。
「それじゃ仮にルシールが僕を好きだとして、何故華黒はルシールを敵視しないの? 他の人間が僕に善意を向けるだけで敵意むき出しにする“あの”華黒が」
「簡単ですよ。敵足りえないからです」
「……あっさりとまぁ言ったもんだね」
「ルシールはいつも私と自分を比較して劣等感を持っています。私や兄さんから見たらルシールは魅力的な女の子ですけど、ルシール自身は自分に自信を持てていないのです。ですから現段階では敵視するまでもないと私は判断してるんです」
「今後は……?」
「それはわかりません。無論……だからと言ってルシールの覚悟を待つほど私は忍耐が強くはありませんよ?」
そう言って僕の耳に息を吹きかける華黒。
「うひぇ……!」
「感じましたか?」
「…………」
僕は無言で華黒にデコピンをする。
「あうぁ! 何するです!」
「それはこっちのセリフ。僕らは兄妹だよ? 華黒も僕なんかじゃないもっと魅力的な人を探してだね……」
「兄さん以上の人なんていませんよ。だって……兄さん以外の誰も私をあの地獄から助けてくださらなかったじゃないですか」
「それがいけなかったのかなぁ……」
「そんなことはありません! 兄さんはあの地獄が今でも続いていいと言うのですか!」
「そういうわけじゃないけど……」
それでも考えてしまう。どこかで僕がヘマをしなければ華黒は正常に生きられたんじゃないかって。
それは負い目と呼ばれる感情だ。
そんな僕の、持った釣竿がクイクイと水中に引っ張られる。
「かかりましたよ兄さん」
「おーきーどーきー」
そう言ってピッと釣竿を振り上げる僕。釣り針に引っかかったヤマメが放物線を描いて僕の足元へと引っ張られる。ピチピチと地面で跳ねるヤマメ。僕はヤマメから釣り針を外すと華黒に手渡した。
「これ、管理人さんのところに持っていって焼いてもらって」
「はいな。それから兄さん……」
「なんでやしょ?」
「愛してますよ」
「……いいから早くヤマメを持っていきなさい」
「照れてる照れてる」
ま、否定はしないけどね。
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