第65話『雪の日のバレンタイン』1
バレンタインのエピソードです。
※――――――――※
雪について夢の無い話をしよう。
雪は空気中の微粒子……ほこりを核として発達する。
つまりだ。
雪が見える分だけ空中にはほこりが舞っているということだ。
これは雪だけに及ばず雨にも言えることなのだけど。
雪について夢の有る話をしよう。
雪の結晶は全てがまったく違う形をとるという。
例外なく一つ一つの雪の結晶がオリジナルであるということだ。
不思議に思えるけど同時に納得もする。
人間だって同じタンパク質でできているくせに一人一人がバラバラだ。
雪の結晶の不均一さは人間の不揃いを想起させてとてもロマンチックだ。
誰しもが違う結晶を持って今を生きている。
だから人の心も雪の結晶のように誰しもが同じではいられない。
「積もったねぇ」
僕はアパートを出て景色を一望、そしてそう言った。
「積もりましたね」
後から出てきた華黒が玄関に施錠をしながらそう返してきた。
辺り一面真白。
雪景色だった。
「こんな日でもスカートを強制させられる女子には哀悼の意を捧げたい」
「慣れですよ、慣れ」
ちなみに僕は学校制服の下にジャージを着ている。
防寒対策は完璧だ。
「はい、兄さん、マフラーを」
そう言って長いマフラーを僕に渡してくる。
ちなみにそのマフラーの片方は華黒の首に巻かれている。
「…………」
僕は何も言わずに受け取ったマフラーを首に巻く。
こうして恋人巻きが完成する。
「えへへぇ」
華黒はニヤニヤしながら僕の左腕に右腕をからませてくる。
ギュッと僕に体を押し付けて、そして歩く。
後ろには二人分の雪に刻まれた足跡。
ふと僕は清原深養父の歌を思いつく。
「冬ながら、空より花の、ちりくるは……」
「雲のあなたは、春にやあるらむ」
言おうとした後半の句をとられてしまった。
華黒の声じゃない。
もっと幼い。
「雪のことを天華とも言いますからね。妥当な歌だと思いませんか、お兄様?」
「白花ちゃん……」
僕は突然の来訪者に驚く。
短く整えられた黒髪。
可愛らしい人形のような少女。
白坂白花ちゃんがそこにいた。
ポケッとした僕に近づいてきて白花ちゃんはバッグからラッピングされた小さな箱を取り出した。
「はい、お兄様」
差し出す白花ちゃん。
受け取る僕。
「これは俗にいうバレンタインチョコという奴では? ではでは?」
ちなみに今日は二月十四日。
全国一斉にお菓子屋さんの陰謀に巻き込まれる日だ。
僕は通学カバンにチョコを収納すると白花ちゃんの頭を撫でた。
「ありがとう。うれしいよ」
「もちろん本命だからね」
「そうなの?」
「そうなの」
「でも僕と白花ちゃんは血がつながっていて……」
「いとこは結婚できるよ」
とここで、
「いい加減にしなさい……!」
華黒がガルルと白花ちゃんを威嚇する。
「兄さんの恋人は私です! 結婚するのもまた然り!」
「最終的に決めるのはお兄様よ。それにどうせ恋人にするなら若い子の方が喜ばれるって本に書いてあったもん」
いや、さすがに白花ちゃんほど若いと犯罪なので逆に手が出せないというか。
「近い未来、オバンになったクロちゃんとピチピチ美少女の私のどちらをとるかなんて自明の理だと思うけど?」
「兄さんと私の絆は不変です! 兄さんが誰かになびくことなどありません!」
「そうかなぁ?」
どうかなぁ?
「とまれ、ありがとうね白花ちゃん」
また白花ちゃんの頭を撫でてやる。
「えへへぇ」
白花ちゃんはくすぐったそうに笑って、それから、
「またね、お兄様」
そう言ってパタパタと走って、そして去っていった。
どれくらい白花ちゃんを見送っていただろうか。
白花ちゃんが視界から消えると、僕は腕を組んでいる華黒を引っ張って学校に向かって歩き出す。
「兄さん……」
「何、華黒」
「先ほどもらったチョコをこちらに渡してください」
「何するつもり?」
「廃棄します」
「駄目」
「兄さんに本命のチョコを贈っていいのは世界に私だけです!」
「そういう了見の狭いことを言わないの」
「でも……」
「でももシュプレヒコールもないの。単にチョコをもらっただけなんだから」
「ううー……」
唸りながら、華黒は額を僕の肩に擦り付ける。
「そんなことしてるとイチャイチャしてるみたいに見られるじゃないか」
「そう見えるようにしているんです。兄さんは私のものって常に証明し続けねば」
「周りの視線が痛いなぁ」
毎日のこととはいえ瀬野二のアイドル百墨華黒と腕を組んで登校すると敵意の視線が刺さる刺さる。
今日がバレンタインということも手伝っているのかもしれない。
ま、いいんだけどさ。
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