第64話『ポニーテールとシュシュ』3


 結局、近くのショッピングモール……百貨繚乱に行くことになった。


 どこからか『もろびとこぞりて』が聞こえてくる。


「萎める心の花を咲かせ♪ 恵みの露置く♪」


 上機嫌に歌う華黒。


 華黒の声帯から、澄み切った声が流れ出る。


 周りを見渡す。


 クリスマスイブということもあってか、やはりカップルがよく見られる。


 僕らも、その一組かと思うと、少し気恥ずかしい。


「うへへへぇ。クリスマスイブに兄さんとデート。嬉しいです」


「華黒、顔がにやけてる……」


 僕もにやけてないだろうな……。


 心配だ……。


「ところでこれからどうしよう?」


「てきとうにお茶でも……、あ、買いたいものがあるんでした……」


「買いたいもの?」


「そうです。こっちですこっち」


 そういって、僕の腕を引っ張って、ショッピングモールを縦断する華黒。


 着いた先は、いつか行ったランジェリーショップ。


「はあ……」


 僕は、溜息をついた。


「なんです? その盛大な溜息は?」


「また嫌がらせかと思うと、ね」


「嫌がらせなんかじゃありません。兄さんに私の下着を見繕ってもらいたいのです」


「却下」


「決断が早すぎます」


「店の前で待ってるから、買うなら買ってくればいいじゃない」


「兄さんを刺激する一着を、兄さんの手でお選びになってほしんですけど……」


「だから却下だって」


 何考えてんだ、うちの妹は。


「うー、でしたらいいです。喫茶店にでもいきましょう」


「それが健全だね」


 そういうと、僕と華黒は、足並みをそろえて近場の喫茶店に入っていった。


 茶をしばいて、てきとーな話をする。


 周りは僕たちと同じくアベックばかり。


 まぁこんな時期に、一人で喫茶店に入る猛者は、そうはいまい。


 そんな中でも、僕の華黒は、一際目立つ。


 喫茶店の客の視線総取りだ。


 さすがに、この辺は華黒だなぁ、なんて。


 その後、僕らは買い物をして帰った。


 大きなチキンに、スープのもと。


 ケーキの材料などを買って、それからアパートへと戻る。


 ケーキは、華黒が自分で作るらしい。


 まぁ華黒の作るケーキは美味しいからいいんだけどね。




    *




「さて、これからどうしよう?」


 華黒に、アパートからしめだされて、僕は後頭部を掻いた。


 華黒曰く、


「これから夕餉の準備をしますので兄さんはその辺をぶらついていてください。準備が終わり次第メールで連絡しますので」


 とのこと。


 とりあえず本屋で立ち読みでもするかぁ、と近くの本屋に足を向けようとしたところで、


「お兄様」


「はい?」


 幼い声に、思わず振り向く。


 そこには、


「おや、これは白花ちゃん。メリークリスマス」


「メリークリスマスお兄様」


 いとこの白坂白花ちゃんがいた。


 首には長いマフラーを。


 背後には、例によってリムジンが。


「お兄様、今日はお暇?」


「今はそうだね。華黒の奴が夕餉の準備をしていてね。それまで暇なんだ」


「そうですか! でしたら私の……いえ、私とお兄様の実家に行きません? 盛大にクリスマスパーティを開いています、だよ」


「うーん、セレブなクリパにはちょっと行ってみたいけど、すぐにアパートに帰れる位置にいたいんだ。ごめんね」


「そうですか……」


 シュンとする白花ちゃん。


「まぁとはいっても華黒から呼び出しがあるまで暇なんだ。よければ近場のケーキ屋にでも行ってみる?」


「……っ! うん!」


 白花ちゃんは喜んで頷く。


「じゃあそうしよう。近くにおいしいケーキ屋さんがあるから」


「あ、お兄様」


「なに?」


「はい、マフラーだよ」


 そう言って白花ちゃんは自分のしているマフラーを半分ほどいて僕に渡す。


「ん、ありがとう」


 断る理由もないので僕はその半分のマフラーを自分の首に巻く。


「えへへー、お兄様と恋人同士~」


「まぁたしかに恋人同士でするもんだよね普通」


 一つのマフラーを二人で共有する。


 我ながら甘酸っぱい行為だ。


「お兄様、手」


「ん」


 白花ちゃんの手を握る。


 リムジンにはその場に待機してもらって、僕は白花ちゃんの手を引きつつ、歩いて近くのケーキ屋にいった。


 ケーキ屋は繁盛していた。


 当然か。


 時期が時期だ。


 下校中の女学生やら、会社帰りのOLやらが、テラス席に屯している。


 僕らもその中に紛れて、ケーキ屋『あるるかん』のテラス席につく。


 店員さんがメニューを持ってきて、それから慌てて去る。


 店内はクリスマスケーキを買いに来たお客でいっぱいだ。


 外のテラス席も、いつもより客入りが多い気がする。


 店員さんも、てんやわんやといった様子だ。


 ちなみにテラスの席につくにあたって、マフラーは白花ちゃんに返した。


 白花ちゃんが、メニューを睨みながら言う。


「お兄様は何を頼むの?」


「白花ちゃんと同じものでいいよ」


「むう。じゃあ……苺のショートケーキとダージリンでいい?」


「うん。じゃあそれで」


 店員さんを呼んで、ケーキと茶を頼む。


 店員さんが立ち去った後、


「お兄様」


 どこか真面目な顔で、白花ちゃんが僕を見た。


「はい、なんでがしょ?」


「お正月こそ、我が家に戻ってきてはくれないでしょうか?」


「うーん、今の僕は百墨真白だしねぇ。白坂家のお世話になる理由がないんだ」


「お兄様。自分が撫子様の子供だと自覚してください。今はもうお爺様も亡くなりましたし、白坂家も受け入れの態勢を整えています」


「それは前も聞いた」


「う……むー」


 困った顔をする白花ちゃん。


「ま、今のところ僕の居場所は白坂家とは別にあるんだ。それは華黒の隣だったりするんだけど」


「むー、あんなどこの馬の骨ともわからない輩に兄さんをとられるのは心底腹立たしいですけど、そこまで言われるのなら……」


「どこの馬の骨っていうなら僕だって元は孤児だよ?」


「兄さんはあの撫子様の息子だとはっきりわかってるからいいんです」


「正直写真見せられてもピンとこないんだよねぇ。いや、確かに僕に似てたけど、撫子さん」


 少し前に白坂家に遊びに行ったときに白坂百合さん――白花ちゃんの母親である――に撫子さんの写真を見せてもらった。


 びっくりするほど僕に似ていた。


 いや、正確には、僕が撫子さんに似ているのだ。


 僕が女顔なのは、彼女の遺伝子のせいだろう。


「その撫子様の息子なのですから何はばかることなくお兄様は白坂家の人間ですよ」


「あっそ」


 そんなことを言っている内に、茶とケーキも届いた。


 僕らはケーキに舌鼓を打ちながら茶を嗜む。


 それから他愛もない話をしている内に華黒からメールが届き、場はお開きになった。


 リムジンまで白花ちゃんを送った。


「お兄様、私、諦めませんから……」


 そう言い残して去っていった白花ちゃんに手を振って見送ると、僕は目の前のアパートに入っていった。




    *




 もうとっぷりと日も沈み、夜の暗さが目立つ。


 それでもアパートに付いている照明のおかげで、外は暗いというほどでもない。


 しかし玄関を開けて中に入ると、電気がついていないせいか、露骨に暗かった。


 僕は玄関兼キッチンの照明をつける。


 見るとダイニングも暗かった。


 玄関で靴を脱ぎ、キッチンを通って、真っ暗なダイニングに至る。


 と、パチンとボタンを弾く音がして、ダイニングの照明がついた。


 同時に、


「メリークリスマス! 兄さん!」


 暗闇で待機していた華黒がクラッカーを鳴らした。


 パパパパパンと五発。


 飛び出した紙テープが、僕の頭や肩に巻きつく。


「メリークリスマス華黒。ていうかなんて格好しているのさ」


 僕はクラッカーの奇襲よりも、華黒の服装をこそ指摘した。


「あは、似合ってますか?」


「まぁ似合う似合わないで言えば似合ってるけど……」


 華黒はサンタクロースの格好をしていた。


 しかもミニスカサンタ。


 真っ赤なワンピースに身を包み、頭には赤いとんがり帽子。


「可愛いサンタさんだね」


「えへへぇ」


 照れて笑う華黒。


「もしかしてその格好をお披露目したくて僕を外に出したの?」


「そです」


 なるほど。


 ミニスカなため、美脚をもつ華黒の太ももは目に毒だ。


 僕は、できるだけ華黒へは目をやらず、クリスマス仕様の夕餉に目をやった。


 大きなチキンの香草焼きと、華黒手作りのホールケーキを中心に、色々なおかずが周りを占めている。


 自分にまきついた紙テープをまとめて、ごみ箱に捨てると、僕は夕餉の席についた。


 華黒もサンタコスのまま席につく。


 では、合掌。




 食事中。


「ところで兄さん」


「何?」


「私から兄さんへのプレゼントですけど……」


「私自身です、は無しだよ華黒」


「むー」


 多分そう言うだろうと思ったけど案の定か。

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