第66話『雪の日のバレンタイン』2
僕と華黒が腕を組んで教室に入るとざわっとどよめきが波紋のように広がった。
いつものことなので無視する。
僕は首に巻いていたマフラーを外して華黒に渡し、それから組んでいる腕をほどいた。
華黒の猫かぶりモードが発動する。
女子の輪の中に入っていく華黒を横目に見ながら、僕は自分の席へと向かう。
隣の席の統夜がこちらに視線をふる。
「よう」
「おはよ、統夜」
「戦績は?」
「今のところ一つだけだね」
「本命は?」
「まだだけど?」
「よし、死ね」
そう言って僕の頭にチョップをかましてくる統夜。
「理不尽……」
「そりゃこっちのセリフだ」
「いいじゃん。チョコの一つや二つ」
「その上から目線にはらわたが煮えくりたつ」
「お姉さんからはもらわなかったの?」
「姉貴にそんな甲斐性があると思うか?」
「さて、どうだろう?」
僕は答えをはぐらかすと、鞄だけ机に置いてまた歩き出す。
「どこへいく」
「お花畑にお花を摘みに」
死語かな、これ。
化粧室の帰り。
「……あの、百墨くん」
「うん?」
僕の教室へと続く廊下を歩いていると、後ろから呼び止められた。
振り返って確認する。
「碓氷さん……」
碓氷幸さんがそこにいた。
ラッピングされた小さな袋を両手でしっかり持って、僕と対面する。
「どうしたの?」
「……あの、これ……」
と言って、ラッピングされた小さな袋を僕に差し出す碓氷さん。
「もしかして僕に?」
「……うん」
「もしかしてバレンタインチョコ?」
「……チョコクッキーだけど」
「ありがとう。嬉しいよ」
「……ううん。昴様に作ったもののついでだから」
「あ、そっか。ハーレムの一員だもんね」
「(……本当はこっちが本命なんだけどね)」
「ん? 何か言った?」
「……なんでもないよ。聞かれても困らせちゃうから、なんでもない」
「そう?」
「……私、もう行くね」
そう言ってパタパタと廊下を走って碓氷さんは教室へと。
「しかし意外な人からもらってしまったなぁ。どうしよ」
「素直に受け取ればいいじゃないか。いじらしい乙女の一念が込められているのだから」
返事は背後から来た。
僕は思わず背後へと回し蹴りを放つ。
そんな僕の蹴りをやさしく受け止め、受け流し、そして酒奉寺昴先輩は僕とキスする寸前まで顔を近づける。
「チャオ、アミーカ。雪の妖精のように可愛らしい君よ」
「先輩……。何度も言いますけど僕、男ですって」
「こんな可愛らしい男の娘なら大歓迎だよ」
「先輩、僕と出会ってから性癖が少し広がったでしょ」
「正確には君と初めてデートした時から……かな」
「あっそ」
余計なことをしたものだ。
過去の僕は。
身を捻って昴先輩から距離を取る僕。
「そういえばさっきまで碓氷さんがいましたよ」
「知っている。一部始終見ていたからね」
「ついでにチョコもらえばよかったですのに」
「いいさ。いつ受け取るかなんてさして重要なことじゃない。問題は可愛い乙女が私のために一生懸命チョコを準備してくれることにある」
「はあ」
「初々しい乙女の儚げな恋慕がチョコの形をとって私に与えられる。その事実こそが大事なんじゃないかな」
「そうですか」
「というわけで君にもあげよう。乙女の一念だ」
そう言ってラッピングされた以下略を僕に渡してくる先輩。
「それ、先輩がハーレムの子から受け取ったモノでしょう? そんなものもらえませんよ」
「君、失礼なことを言うね。これは私が君に用意したものだよ」
「は? 酒奉寺昴が? 僕に? チョコを?」
「フルネームで呼び捨てるくらいドッキリかい?」
「だって、ねえ? 先輩はどっちかっていうともらう側でしょう」
「私にだって渡したい相手はいるさ。中々私のものになってくれない子猫ちゃんほど振り向かせてみたくなる」
「まぁもらえるってんならありがたくもらいますけど……」
「ではね、真白くん。雪の妖精の君よ」
ヒラヒラと手を振って歩み去っていく昴先輩。
僕は右手に碓氷さんの、左手に先輩のチョコを持って教室に戻る。
教室に入って自分の机に戻る途中、華黒と目が合った。
華黒は僕を見て、僕の両手にあるモノを見て、口をへの字に歪めた。
気持ちはわかるが今は堪えて、とボディランゲージをする僕。
瞬時に猫をかぶって女子たちとの歓談に戻る華黒。
僕は戦利品を持って自分の席に戻る。
隣で統夜が男泣きに泣いていた。
「お花を摘みに行った学友が戦績を三つに伸ばしたことに対して俺は何をすればいいのだろう?」
「とりあえず泣いとけば?」
「そうする」
するのかよ。
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