第42話『そして文化祭』1


「アールグレイにザッハトルテ入りまーす」


「アールグレイにザッハトルテ」


 注文の内容を繰り返す僕。


 現在、僕のクラスは喫茶店として機能していた。


 壁のそこかしこにはペーパーフラワーが飾ってあり、黒板には「喫茶店ハーレクイン」との文字とクラス有志のチョークによる落書きがされてある。


 室内あらため店内には紅茶の香りが匂い立つ。


「ダージリンにチーズケーキ入りまーす」


「ダージリンにチーズケーキ」


 注文の内容を繰り返す僕。



 

 今日は瀬野第二高等学校の文化祭。



 

 年に一度のお祭りだ。


 日曜日にやるということもあって当学生だけでなく保護者や関係者の面々もよく見れる。


 僕はティーポットにアールグレイの茶葉とお湯を入れると、ザッハトルテとティーカップと、それから砂時計とを一緒にウェイトレスへとまわす。砂時計の砂が落ちきったら紅茶の飲み頃という洒落た演出だ。ケーキは出来合いだけどそれはしょうがない。それでも学内でやっている喫茶店の中でもうちのクラスは頭一つぬけているクオリティだと自負できる。その分値段ははるけどね……。


「百墨くん……アッサムのミルクにアールグレイ……それからスコーンを二つ……です……」


 ウェイトレス姿の碓氷さんがそう注文を入れてくる。


「アッサムのミルクにアールグレイ、それからスコーン二つ」


 注文の内容を繰り返す僕。


 さすがに昴先輩のハーレムに入れるだけあって、ウェイトレス衣装の碓氷さんは可愛かった。彼女が客足の増加に貢献していることは火を見るより明らかだろう。僕もウェイトレス衣装を縫った甲斐があるというものだ。


 華黒もウェイトレスとして居ればよかったのに。


 そうすれば学内の男子はうちのクラスの喫茶店を懇意にするだろうに。


 まぁいいか。


 人には人のやるべきことがある。


 僕はクラスメイトにスコーンを頼んで、僕自身はアッサムとミルクとアールグレイと砂時計を用意する。それらをお盆に載せると、スコーンを頼んだクラスメイトへと渡す。流れ作業でそのお盆は碓氷さんへと渡される。


 僕は裏方としてお茶を淹れるだけだ。


 まぁ学内カースト最底辺の男に接客などどだい無理な話なので、双方納得ずくなわけだけど。


 裏方としてお茶を淹れ続けていると、碓氷さんが僕のところにきた。


「どうしたの? 碓氷さん……」


「あの……百墨くんに……用があるって……お客さんが……」


 僕に用?


 はてな、いったい誰でしょう。


 とりあえずエプロンを脱いだ僕は、碓氷さんにならって表に出る。


 碓氷さんに示された先には、


「よ、真白」


「はぁい、真白ちゃん」


 両親がいた。


「父さんに母さん、意外に早かったね」


 ちなみに現在時刻十時ちょっと過ぎ。


「父さんはもうちょっと色んなところを見てまわりたかったが、母さんが早く早くと急かすのでな」


「華黒ちゃんはいないの?」


「華黒は文化祭実行委員だからクラスの行事には関わらないってさ」


 言いながら両親たちと同じ席につく僕。


 母さんがミルクティーを飲みながら言う。


「真白ちゃんの淹れたこの紅茶、とってもおいしいわ」


「あくまで素人芸ですけど」


 謙遜する僕。


 しかしなるほど。


 先ほど碓氷さんが僕に直接注文を入れたのにはこういう裏があったわけだ。


「今日の真白ちゃんの予定は? 暇ならお母さんとお父さんと一緒にまわらない?」


「やめてよ母さん。保護者同伴は恥ずかしい年頃なんだ。それに店の裏方で今日は外せないし」


「そう……」


 しゅんとする母さん。


 どんだけ子どもが可愛いんだ……。


「なあ母さん、この後は体育館の吹奏楽のコンサートに行かないか?」


「お父さん、まずは校舎をまわってみましょうよ。いつも真白ちゃんと華黒ちゃんがどんなところで勉強しているのか興味あるわ」


 まぁ滅多にない機会だからわからんじゃないけど。


 あれやこれやと今後の予定を論じ合う両親を横目に僕は席を立った。


「それじゃあ、そろそろ僕は仕事に……」


 戻るんで、という言葉を、


「ちょっと待った」


 飲み込む僕。


 制止したのは父さんでも母さんでもなかった。


 僕が後ろを振り返ると、そこには、


「よ、真白」


「やあ統夜」


 酒奉寺統夜がいた。


「今の今までクラスの仕事さぼってどこにいたのさ?」


「文化祭実行委員」


「それは……お疲れ様」


「ということで真白、お前を徴発する。ついてこい」


「何でさ。僕、まだ裏方の仕事があるんだけど」


「お前一人いなくても地球は回るさ。ガリレイ嘘つかない」


「そんなわけにも……」


「それにこれは姉貴からの指示でもある。とりあえず従っとけ」


「昴先輩からの?」


「そうだと言った」


 そう言って先に歩いて教室を出る統夜。


 追いかけないわけにもいくまい。


「じゃあ父さんに母さん、文化祭楽しんでね」


 そうとだけ言葉を残し、僕は統夜を追いかけた。

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