第41話『空白の日々』4


「しかし華黒が実行委員ねぇ……」


 感慨深げに呟く僕。


 生徒会室を出て、学校を出て、僕は歩く。


 数歩歩いて、その後にふと気づく。


「これから、どこへ行こう?」


 あれま。


 まったく考えていなかった。


 どこか候補を、とも考えたけどさっぱり浮かばず。


 いつもはどうしてたっけか、と考えて、そういえばいつもは華黒が隣にいてそれに振り回されていたことに気づく。


 しかし華黒は現在健全な妹だ。


 兄とのデートを望むようなことはしない。


 と、そこで気づく。


 あいやー。


「僕も華黒に依存しているところがあったんだなぁ」


 なんて……。


 失くしてから初めて気づく価値があるなんてフレーズをどこかの誰かが歌ってたなぁ。


 別に失くしたわけじゃないけど。


「いったいどうしたいんだ、僕は……」


 華黒が健全な妹でいること。


 それは僕にとって望ましい事態じゃなかったのか。


 ……困ったなぁ。


「これが寂しいってことなのかな……」


 それはまずいなぁ……色々な意味で。


「何が寂しいって?」


「いやね……華黒が……っ!」


 ふいに湧いて出た質問に危うく答えかけて、あわてて口をつぐむ。


 それから声のした方に振り返ると、


「よ、真白」


 瀬野第二高等学校の男子制服の上にピコピコ跳ねた癖毛を乗っけている酒奉寺統夜がいた。


「統夜、制服でなにしてるの?」


「姉貴に無理矢理文化祭の手伝いをさせられてたんだよ。今、隙を見て逃げてるとこ。お前は?」


「僕は暇を持て余して流浪している身だね」


「じゃあちょうどいいや。ゲーセンに付き合え」


「いいの? ばれたらどうなるか……」


「いいんだよ。俺一人いなくても地球は回るさ。ガリレイ嘘つかない」


「まぁ統夜がいいっていうのなら僕は別にいいけど」


 どうせ一緒に遊ぶ友達なんて統夜くらいしかいない僕だし。



 

 場所をゲーセンへと変えた僕らはガンシューの台の前に立った。


 二枚コインを入れてスタートと表示されたディスプレイを撃ち抜く。


「それで」


 と統夜はわざとらしく前置きをして、


「何が寂しいって?」


 そんなことを聞いてきた。


 うげ、やっぱり聞かれてた。


「何でもないよ」


 とりあえず流してみた。


「華黒ちゃんがどうとか言ってたな」


 流されてはくれなかった。


 画面にはゾンビがちらほらと現れだしてくる。


 それらをガンコンで狙って、Bang!


「気のせいだよ。気のせい」


「華黒ちゃんが構ってくれなくて寂しいのか?」


「気のせいだよ。気のせい」


「寂しいのか?」


「…………」


 ゾンビを狙って、Bang!


 Bang!


 Bang!


 Bang!


「図星か」


「ノーコメント」


 ガンコンを振ってリロード。


「素直にそう言えばいいじゃないか。華黒ちゃん喜ぶぞ?」


「気のせいだって」


 ゾンビを狙って、Bang!


「どうしても認めない気か」


「だから気のせいだって……」


「ふーん、ならいいんだけど?」


 なんとまぁ含みのある言い方だね。


 ゾンビを狙って、Bang!


「ところでこれは例え話なんだけど……」


 などと僕も前置きをしてみる。


「んー?」


「余計なものをインプリンティングされた雛に空の飛び方を教えるにはどうすればいいのかな?」


「なんの例え話だ、それは」


「それが言えないから例え話なんじゃないか」


「んー……」


 ゾンビを撃ち殺しつつ、統夜が悩む。


 そして、


「無理に飛び方を教えなくてもいいんじゃないか?」


 そう言った。


「…………」


 ……そういうわけにもいかないんだけど、ね。


 Bang!



 

    *



 

 一通りゲーセンで遊んだ僕は、そのあと統夜と別れて家に帰った。


 華黒はどうせ今日も遅いのだろう。


 なら晩御飯を用意するのは僕の仕事だろう。


 今日はパスタにでもしようかな。


 用意するのは牛乳とバターと小麦粉と玉ねぎ。


 フライパンで、焦げない程度にバターを溶かして、千切りにした玉ねぎを一掴み投入。そこに小麦粉を投入。それを何度か繰り返す。ペースト状になったそれに牛乳を少しずつ入れて伸ばしていく。


 ホワイトソースの出来上がりだ。


 そこにベーコンとほうれん草を放り込んでぐりぐりと混ぜる。


 パスタは別の鍋で湯がいてホイ。


「ほうれん草とベーコンのホワイトソースパスタ~」


 チャラララッチャラ~、とBGMが流れる。


 僕の脳内で、だけど。


 待つことしばし。


「ただいまです、兄さん」


 華黒が帰ってくる。


 現在十九時半。


「おかえり、華黒。ご飯できてるよ」


「すみません。最近は兄さんに任せっきりで」


「謝罪より感謝が欲しいな」


「ありがとうございます兄さん」


「よかれよかれ」


 華黒が部屋着に着替えるのを待ってから、


「「いただきます」」


 百墨さんちの晩御飯を始める。


「文化祭の準備は順調?」


 パスタを食べながら僕。


「ほぼ順調ですよ。あまり褒めたくはありませんが酒奉寺昴の指揮は中々のものです」


 パスタを食べながら華黒。


「本人曰く、元々人の上に立つのが得意な家系なんだってさ」


「でしょうね。だからこそ生徒会長になったのでしょうし」


「華黒の企みの方は順調かい?」


「ええ……まぁ……」


「そっか、ならいいんだ、うん」


 うんうんと頷く僕に、


「聞かないんですか?」


 と問う華黒。


 僕は言った。


「聞かない。文化祭まで楽しみにとっておくよ。もったいぶった方が有り難味があるでしょ?」


「ふふっ……そうかもしれませんね」


 そう言って華黒は笑った。

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