第7話『デートしましょう』3


 基本的に僕らの住む場所は目に見えて都会というわけではない。とはいえ、ちょうど二駅向こうに立派な都会様があるだけに、目に見えて田舎ということにもならない。しいて言うなら“準都会”といったところか。駅の周りだけなら商業、オフィスビルが立ち並び、少し離れた場所にはショッピングモールもでかでかと居座っていたりするので、特に切符を買わずとも遊ぶだけならここで事足りる。


 ので、僕としてはそうするだけだ。


 究極的には牛乳さえ買えればいいのだからわざわざ駅まで行く必要もないのだけど、そこはそれ、日曜日の午後を潰すに散歩というものはちょうどいい作業なのだ。


 そろそろ駅も近いのか。歩く道の右と左では民家とオフィスビルが対照的に並び、アシンメトリーな構図を作り出していた。


「~♪」


「……上機嫌だね」


 ちなみに妹が同伴しているのだけど何が嬉しいのか終始笑顔を崩さない。僕と並行しながら時々思い出したかのように僕の顔を覗き込んで悦に浸る様は、微笑ましいを通り越してひたすらに不気味だ。


「たかだか散歩で喜ばれても」


「たかだかだなんてそんなこと。兄さんは兄さんと添い歩くことの素晴らしさをわかっていないからそんなことが言えるんです」


 そりゃ本人にはわからないだろうさ。


「それはそれは喜ばしいことなんですよ?」


 華黒は全身で陽光を受け止めるかのように両腕を開き、そのままクルリと回ってみせた。上には濡れ羽色の長髪が、下には真っ白なフレアスカートが、それぞれ遠心力でひるがえる。一つ回りきってピタリと止まると、こちらを振り返って笑んだ。艶やかな黒髪が本人ほど止まりきれずに波を打った。


 演技くささが鼻につく仕草、のはずなのだけど華黒にかかれば一枚の絵になってしまう。


 形のいい唇が僕に向けられる。


「見てくださいな。気持ちのいい春の日差しです。まるで兄さんと私を祝福してくれているかのような」


「詩的だけど恣意的すぎないかな、それは」


 道の往来で何を言ってるんだか。


 大通りを歩いているわけではないので人目は少ないのだけど、だからといって許容できるものじゃない。ちらほら突き刺さる懐疑の視線が僕には痛い。


 対して華黒は当事者であるのに気にしてない。人前であるにも関わらず猫を被っていないということは、これ相当に浮かれてる証拠だ。


「まさにお出かけシーズン、小春日和の穏やかな日といったところでしょうか」


「あなたの優しさがしみてくるって、アキザクラは秋に咲く花だよ?」


 春のような〝秋〟の穏やかさ故に小春日和だ。


「……では小秋日和ということで」


「そういう問題?」


「もうっ! せっかく男女仲睦まじく歩いているのに水をささないでくださいな」


「それをいうなら兄妹仲睦まじく、だね」


 怒ったそぶりを見せながらさりげなく腕を組もうとしてきた華黒をヒラリと避ける。


 僕ながら見事。


 空を掴んだ華黒はそのまま二歩三歩たたら踏んでから、バランスをたてなおすと僕のほうをジトーっと睨んできた。


「何故避けるです」


「いちいち腕を組む必要なんてどこにもないから、かな?」


 あさっての方を向いたままわざとらしくピウと口笛一つ。


「むー」


 半眼だった瞳がより一層不満げに細められる。まるで獲物を狙う猛禽類だ。


 対する僕は、呆れの視線。


「年頃の女の子は父兄を避けるって聞いたことがあるんだけど」


 例えば風呂は先に入りたがったり、洗濯も別々にしてほしかったりと。


「なんで華黒に限ってくっつきたがるんだか」


「今更何を。兄さんさえ望めばいつだってお背中流して差し上げますよ? だいたいそうでなくとも私は兄さんの下着を洗っていますし、兄さんだって私の――」


「人前で何言ってるの!?」


 人通り少ないとはいえ零ではないのだ。しかも華黒の声量には躊躇いがない。


 思わずながら口を塞ごうと腕を伸ばす。


 が、その腕に待ってましたとばかりに飛びつかれた。


「隙あり♪」


 罠だった。


 伸ばした腕は関節ごとからめとられ、勢いでダンスのようにお互い一回転。次の瞬間には僕の右腕に華黒が抱きついてしまっていた。


「えへへぇ♪ まだまだ兄さんは甘いですね」


 してやったりと喜ぶ妹。


 腕に柔らかい感触が……じゃない。


「いつの間にこんな技を?」


「妹というのは兄のために日々進歩し続けるものなのです」


「それはそれは」


 どこら辺が“兄のため”と言ったところか。


 ため息。そして歩き出す。


 半ば諦めの感情が生まれているのは、過去の経験則に基づいた僕の適応能力のおかげだ。


 必要以上に寄りかかってくる華黒を引っ張るようにえっちらおっちら足を動かす。


 傍から見れば何の戯れかと疑うところだろう。事実、横切るドライバーさんが前方不注意も気にせず僕ら二人を凝視してきたり。


 さすがに視線が痛い。


 そして何より重い。


「それで華黒、いつ離してくれるのかな?」


 僕は心持ち大げさに疲労の声をあげる。


 甲斐性なしと言わば言え。人一人というのはそれほど軽くないのであった。


「うーん、兄さんがこれからもよく腕を組ませてくれるのなら、この場は諦めてもいいのですが」


「これからもって……」


「もちろん登下校に」


「却下」


 一も二もなく不採用。


 今でさえ嫉妬と非難の嵐だというに、これ以上状況を悪くしてどうすると。おそらく三日と命がないよ。今でさえ学校の連中に見つからないか不安なのに。


「では次にいつ来たるかもわからない幸福を存分に享受することにしましょう」


 言葉は行動に。


 華黒がそう言い終えた瞬間、右腕に張り付いた圧迫感がさらに強くなる。

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