第6話『デートしましょう』2
華黒ほどではないにしろ僕も料理に心得はあるのだ。いや、例えそうでなくともポタージュを一から作ったと聞いていたのだから、これは予想してしかるべきだった。
「すみません。切らせてしまいました」
そして律儀に謝ってくる妹。真摯な態度は結構なことだけど、あれだけ美味しいものを作っておきながら謝罪だなんて、寂しいことをしてくれるじゃないか。
まったく……うい奴め。
「華黒の責任じゃ全然ないよ。スープは美味しかったから、ありがとう」
代打の麦茶を取り出して冷蔵庫を閉めるついで、片手間にひらひらと手を振ってみせる。
「しかし、そうだね」
コップに茶をそそぎながらふと思う。
これは一つの口実かもしれない。最終目標は牛乳としても、散歩がてらに買い物でもしようか。
見れば窓の外はどこまで突き抜ける青空が。気象庁などに頼るまでもなく快晴の判断に狂いはない。
ビバ、スプリング。
対人関係のほうも今日は問題なし。休日に遊ぶような友人は一人しかいないし、その一人も「今日は姉のデートをサポートしなきゃならん」と涙にむせびながら語っていた。や、弟のサポートが必要なデートというのも想像がつかないのだけど。
ともあれ、
「兄さん、お昼からの予定は?」
「んー、何もないよ」
つまりはそういう結論に達してしまうわけだ。
「誰かと用事があったり、など」
「わかってて聞くかな。生憎と友達作りは下手なほうで。瀬野二に入学してまだ一ヶ月なのに、休日遊んでくれるような友達は作れないよ」
「統夜さんは?」
「昴先輩に付き合わされるって泣いてた」
「…………」
あ、黙った。
さすがの華黒も昴先輩の話は避けたいのか。
「そんなわけで、このお兄ちゃんは暇なのです」
てきとうに薄着のジャケットでも羽織って駅前にでも繰り出そうかな、なんてぼんやりと暇つぶしの過程を組みながら麦茶を一口。
「では私とデートしませんか?」
「んぐっ!!」
突発的なアクシデントに麦茶が逆流する。
「……! ……っ! ……んっ! ふはぁ……」
堪えた。
鼻の奥が痛いけど。
「ふふふ、華黒は僕の不意をついたつもりだろうけどね。そう毎度毎度吹きだしてなんかいられないよ」
「せめて鼻の麦茶を拭き取ってから勝ち誇ってくださいな」
呆れられたうえにティッシュまで手渡されてしまった。
どうにも僕の行動が華黒の予想を超えることはないらしい。
「さて、改めまして。私とデートにいきませんか?」
何をいけしゃあしゃあと。
顔を拭きながら華黒をジト目で見やる。
「一人で行ってきてくれていいよ」
「却下です。デートしませんか?」
「ノーサンキュー」
「デートを」
「いえいえ」
「デート」
「…………」
どれだけ拒絶しても聞く耳を持たないらしい。
「暗黙は了解と受け取りますよ?」
「しつこい奴だな君は! そろそろ前提が間違ってることを認めなよ! そも何でデートなのさ!?」
「おかしなことを聞きます。休日の恋人の嗜みだからに決まっているでしょう」
「それが間違った前提だって言ってるんだけどな!?」
「ええっ!?」
「君に驚く権利は絶対無い」
なんで僕のほうが間違っているとでも言いたげなんだよ。
恨みがましく睨むものの、華黒は表情をケロリとしていて省みることがない。どころか余計面白がるようにクスクスと微笑された。
「とまぁ兄さんをからかうのはこれくらいにしまして、どうです? 天気もいいですし、駅のほうまで行ってみませんか?」
「そうだなぁ……」
仮に華黒と一緒に出かけるにしても、駅の方面を目指すというのなら先ほどの僕のプランと大差はない。
つまりデートというから印象が悪くなるのではないだろうか、と考え直してみる。
「“妹”と“お買い物”ならしてもいいかな」
この辺りが妥当だろう。
「肩書きが変わっただけじゃないですか」
「建前が力を持つことは事実でしょ」
例えば“よろしくお願いします”と書かれた置手紙と磨かれた包丁とがあったとして、その付属品がキャベツなのか、はたまた人の写真なのかで意味はずいぶんと違ってくる。
世の中ってのはそういうものだ。
華黒も納得したように頷いた。
「つまり建前はどうあれ私とデートしてくださるんですね?」
「つまり真実はどうあれ華黒の買い物には付き合ってあげるよ」
「あは、十分です。では四十秒で支度しましょう」
「そんな無茶な……」
まだ洗い物も終わっていないのに。
でも、まぁ……こんなことで喜んでくれるのは兄として嬉しかったりも、なんてね。
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