第5話『デートしましょう』1


 合掌。


「ご馳走様でした」


「お粗末さまでした」


 互いに礼。


 時間は昼。場所はアパートのダイニング。


 二人そろって頭を上げると、ハノイの塔よろしく大きい食器から順に積み上げていく。


「けぷ……!」


 思わず。


 食事と一緒に嚥下した空気が、おくびの音と跳ねた。


「失敬」


「いいえ。兄さんに食べ終えてもらった証明です」


「うん、とても美味しかったよ。華黒」


 実家暮らしと比べれば二回りほど狭いダイニングで、僕は満腹に息をもらした。パンケーキとじゃがいものポタージュに、足りない栄養素を補うためのサラダ。ただ出されただけでも十分だというに細かいところまで手作りを貫き通されていて、満足のいく食事だった。休日は料理にあてる暇があるからだろうけど、それにしても意気込みがいつもと違う。


「わざわざスープまで自分で作らなくても」


 粉末でいいと思う僕がおかしいのだろうか。


「あまり既製品に頼りたくはないんですよ。愛しい人に食べてもらうなら、手料理こそが相応しい。そうは思いませんか?」


「……ノーコメント」


 なるほどと思う反面、さっきまでの感心が薄れてしまう。


 こめかみを指で押さえて目を伏せた僕の内心を華黒は正しく読み取ったらしく、反論するようにこちらを指差した。


「けれども兄さんだって料理の出来る女性はポイントが高いのでしょうに」


「まぁ……ね……」


 そりゃそうだけど。


「私ならいつでもお嫁にいけますよ?」


「残念ながら珊瑚でこさえた赤い指輪は持ってないかな」


「いいえ、そんなものは望んでいません。私の、私の兄さんならわかるでしょう?」


 重ねた食器の向こうから、ズイと顔を近づけてくる妹。


「こ、困るよ……」


「逃げないでくださいな。恐れないでください。しっかり私を見据えた上で、生涯二人で寄り添う未来を想像してみてください。それは……そんなに忌避すべきことですか?」


「あ、う……」


 そんなわけがない。


 甘すぎるが故に毒々しい、それはそんな想像だ。


 黒水晶のような華黒の瞳がさらに近づいてくる。


「それとも兄さん、私をいかず後家にするおつもりでは」


「何で二択なのさ!?」


 ていうか昼間から兄妹で話す内容じゃない。


「心外ですね。私が真白兄さん以外を――」


「ちょっとストップ!?」


 右手で強引に華黒の口を塞ぐ。


 まともに言い返してたら僕じゃ勝てない。


 そのまま華黒の顔を押し戻すと、先ほどまでの位置にセットしなおしてあげた。


 当然のように妹は不満がる。


「あぁん、もうっ! 兄さんは意気地なしです……」


 いや、当然というわけじゃないな……。


 妹なんだし。


「その議論は今度にしようよ。せっかく華黒の料理を食べた後なのにあまり頭を痛ませたくないからさ」


「さらりと失礼なことを言われた気がしますけど……」


 不満がる華黒を無視。


 それよりも食後の一杯だ。


 僕の食器もまとめて洗い場に運んでくれる彼女を横目に、牛乳を飲もうと冷蔵庫を開けはなった。


「おや?」


 腰を屈めて疑問符一つ。


 目的のブツが見つからない。昨日まで半分は残っていたのに、今はもう跡形もなかった。


「華黒」


「なんですか兄さん」


「僕の牛乳は……っとそうか。スープか」


 聞くまでもなく心当たりに辿りつく。

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