第3話『民法七百三十四条』3
学校終わりの帰り道。
もうすぐ日が沈むであろう時間帯に、僕と華黒は二人並んで下校していた。
このあと商店街によって夕飯の買い物、そのまま二人してアパートに帰るのが僕らの日課だ。基本的に夕飯は妹の領分だが、時折僕が作ることもある。
と、ここまで説明したら、往々にしてこう聞かれる。
『二人暮し?』
そうですとも。
アパートで妹と二人……、統夜からゲームみたいな奴だといわれる原因だ。何故こんなシチュエーションになったかというと、これはもう狐狸妖怪な華黒の画策に嵌められた結果としかいいようがない。家から遠い高校なだけにアパート暮らしは必至。かつ兄妹だから大丈夫だろうという、華黒の本心を知らぬ両親らの甘い見積もりによって今の状況が成り立っており、事実上の撤回不可とあいなっている。
まぁそんなことはもう既に諦めているし、帰り道の話題としては適切じゃないと僕は思う。
それよりも、
「あのさ」
「何でしょうか」
「統夜に聞いたんだけどさ。昼休みに告白してきた人、陸上部のエースなんだって」
こんなところが無難だろう。
華黒も無感動ながらに相槌をうってくれた。
「ええ、知っていますよ」
「一年ながらにエースってすごいよね。他校にも女子のファンがいるって話しだし」
「ええ、ええ、私の耳にも入ってきていましたよ。今日まで知らなかった兄さんの方が少数派でしょう」
そうだったのか。
「結構格好よかったよね。イケメンっていうんだっけ?」
「……女子が好みそうな顔ではありましたね」
「僕と違って誇れるものもあるし」
「…………いいことです」
「同性だから何とも言えないんだけど、やっぱり女の子ならああいう人と付き合いたいよね?」
「……………………」
「ね?」
「だ、か、ら?」
「え?」
急に口調が変わった妹に、僕は内心たじろいだ。睨むような華黒の瞳には静かに燃える何かがあって、彼女はその熱量のままに口をひらいた。
「だから何ですか、と私は発言しました。全国平均の意見に身を任せることが至上で、私に選択権はない、と?」
グイと顔を近づけてこられる。僕は一歩引いた。
「いや、そんなことは……」
「先ほどからの兄さんの言を聞いていると、それ以外に解釈のしようがないのですが?」
「でもさ、もったいないんじゃないかな、とか」
「芥にも」
僕の引け腰はバッサリと斬って捨てられる。
華黒はまた一歩僕に近づいてきた。
「兄さん、昼休みの件が学校でどう広まったか知っていますか?」
「いや、聞いてないな~」
本当は統夜に聞かされたのだけど、あんなことを華黒に聞かせる必要はない。
「――華黒さんがせっかく告白を受けようとしたのに馬鹿兄貴が騒いでうやむやにした――」
と、思っていたら華黒が代わりに代弁してくれた。
もう耳に入ってたのね。そりゃそうか。
「誰だって自分の過去は美化したがるものだしさ。華黒にフられったて言うより僕に邪魔されたって言う方が恰好つくってことじゃないのかな?」
「もしそうでも一層無様なだけです!」
僕のフォローもあっさりと一喝されてしまった。
「兄さん、もしかして話を逸らそうとしてませんか?」
「そんなことは……」
あるかも。
僕の瞳を覗きこんだ華黒に何を見られたのか。彼女は僕の向こう側に見えているのであろうと影を仇とばかりに睨みつける。
「いいですか真白兄さん。私の大好きな兄さんを侮辱する者はたとえ誰であれ私の敵です。それが失恋の腹いせに兄さんの中傷誹謗を吹聴してまわった陸上部の新人エースであろうと、自分を卑下する本人であろうと」
「僕のことはいいよ。慣れてるし」
というか慣れざるをえないし。
「陰口がですか? それとも卑下のほうですか?」
けれど華黒は許さない。
「困ったな」
「私が連れてきたと明言しているにも関わらず、フった私にではなく兄さんへと非難が集中している。これを理不尽とは感じないのですか?」
「誰だって華黒のことを悪く言いたがるもんか」
「ありがとうございます。でも理由にはなってないでしょう」
ええっと……。
「もしかして華黒、怒ってる?」
「当然です!!」
あ、やっぱり。
「怒りますとも、ええ、怒っていますとも。妹がどこぞの馬の骨に取られるかもしれないというのに兄さんは嫉妬も焦燥もしませんし!」
「いやいやいや。それは……」
義理とはいえやっちゃまずいだろうに。
「自分から告白してきたくせに被害者ぶるアホウは、まるで私に断られたのが兄さんのせいみたいに言いふらしますし!」
「…………」
「私にいたっては兄さんに迷惑がかかることを承知の上であんなところへ連れていきますし……」
「別に僕は迷惑だなんて」
そんなこと、
「思っていない、ですか? 本当に?」
くにゃりと垂れ下がった眉の端。
いつのまにか華黒の表情は怒りから不安に。
「あ、う」
嘘も即答もできない自分がうらめしい。
沈黙。
重い。
破らないと。
「そ、それよりあの人も被害者ぶってて少し自分勝手だよね。フった華黒だって辛いのに」
ちょっと強引に話を変えてみる。茶髪さんには悪いけど、妹の自責を止めるために悪者になってもらおう。
「そう……です……ね」
でも華黒の憂いは払拭できなかった。
「その通りです。とはいえあの人の悪態も共感できないわけではありません。理解もできます。そして兄さんが言うような、断る方の気持ちもまた私はよく知っています」
ちょっとまずい。明るい雰囲気に持っていかないと。
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