鏡壊-日々はやがて、鏡色に染まる-
A5 沈みゆく陽の中で
父さんが死んだ。知らせを受けたのは、三時限目の授業中。教室のドアを開けて、学年主任の
役目を終えた父さんの友人に厚く礼を言い、見送ってから、集まった親族、病院から戻ってきたが依然としてふらついている母さん、葬儀業者を交えて父さんの葬儀について話し合うことになった。家族内での手持ち資金でもなんとか葬儀は行えたが、廃人寸前の母さんと子供である俺や祐美のことを心配して、費用の半分以上を親族がかき集めて負担してくれることになった。
それから無事に父さんとの最後の別れの日を迎えることが出来たが、火葬場で処置が終わるのを待っている時に新たな悲劇が起きた。トイレに向かった母さんが、一向に戻ってこない。祐美に様子を見てくるように頼むが、戻ってきた祐美は母さんを連れてきてはいなかった。彼女が連れ添って連れて行った個室のドアは鍵が掛かっていて、声を掛けても返事が一切ないという。嫌な予感がして、火葬場のスタッフに事情を説明し、その女子トイレを一時立ち入り禁止にしてもらい、数人の親族、スタッフと共に母さんが篭った個室に向かった。外から母さんの弟が声を掛けるが、祐美の言ったようにまるで返事が無い。足元の隙間から中の様子を覗くと、確かに女性の足がそこにある。スタッフは、工具を持ってきて、金具を外してドアを取り除いた。現れた個室内を見た一同は言葉を失った。隠し持っていたのだろう、胸に果物ナイフを刺したまま便座に座って頭を垂れる母さんの姿がそこにあった。柄の部分を握ったままだったため、自殺だとすぐに分かった。取り乱し、泣き崩れる祐美を従姉妹に任せ、泣きたい気持ちを押し殺して、警察と消防に連絡をしてもらう。彼らの到着まで、ひとまず処置の終わった父さんの遺骨を骨壷に収める作業を始めた。納骨作業が終わると、両親の兄弟姉妹に後のことを任せて、先に祐美を連れて式場に戻ってもらうことに。俺は母さんの弟と火葬場に残り、駆けつけた警察や救急隊への対応に追われた。
父さんを葬ってから、すぐに母さんの葬儀も家族葬として行なわれた。費用は母方の親族が負担してくれたため、父さんの時よりも規模は小さいが、ちゃんとした形で見送ることができた。一度に二人を亡くしてしまったため、祐美の様子が気掛かりだったが、祐美は俺だけに負担はさせないと、悲しみを胸の奥に飲み込み、懸命に俺を支えてくれた。葬儀の後、再び我が家に親族一同が会し、今後について話し合った。社会人になるまでは、俺と祐美を誰かの家で引き取った方が良いという声が上がったが、祐美はその時だけ、わがままを言った。両親を失い、家族の思い出が詰まったこの家と、もしかしたら兄である俺とも離れなければならないかもしれない。これ以上、家族がバラバラになるのが嫌なのは俺も同じだった。祐美の気持ちを汲み取ってくれた親族は、俺たちが自分たちの足で歩いて行けるようになるまで、家の維持費と生活費を負担すると言ってくれた。しかし全部を甘えるわけにもいかないので、後者は自分たちで何とかすると決めた。
前よりも広く感じるようになった我が家。部屋の仏壇で寄り添う両親に線香を上げ、まだ暗闇の残った夜明け前の外に飛び出す。朝刊配達に夕時からはコンビ二のアルバイト、曜日をずらして銭湯の清掃作業にファミレスの接客。祐美と顔を合わせる時間は少なくなったが、毎日の昼休みに一緒に昼食をとるのが今のささやかな楽しみだ。
沈みゆく陽の中で、俺たちはこの僅かな光を絶やさぬように、いつまでも抗い続ける。再び温かい陽が出ずるその日まで。
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