B4 HolyDead
土曜日、生徒達が自習できるようにと開放されている校舎。勉学に励むつもりも部活に熱を入れるつもりもない。ただ安らぐ場所を求めて、キョウスケは特等席である屋上のフェンスに寄りかかっていた。週末の昼間は、こうしてぼんやりと空を見上げて寝そべっていることが多い。学校が記念日などで閉鎖される場合は、町の図書館や運動公園に場所を変えるが、怠惰に身を任せるという目的は何処に行っても同じである。ゆっくりと流れる雲を目で追っていると、次第に心地良い夢への誘いが始まる。眠るか否かの瀬戸際で抗い続けるのが、この時間の数少ない楽しみの一つであった。意識を半分残したまま小気味良い寝息を立てていると、至福の時間を邪魔する雑音が近付いてきた。もう嫌になるほど聞き慣れた歩調の足音。音が止み、キョウスケが意識を全開にすると、目の前には一人の少女が立っていた。
「また来たのかよ…。」
「こんにちは、先輩。」
少女は愛想よくにこりと微笑むが、キョウスケはバツが悪そうに少女を睨んだ。
「そう邪険にしないで下さいよ。私と先輩の仲じゃないですか。」
「…どうでもいいが、パンツ見えてるぞ?」
「見せてるんですよ。」
少女はふざけてスカートをヒラヒラさせる。キョウスケは興味なさそうにそっぽを向き、彼女から逃れる。しかし、少女はキョウスケが寝返った方に腰を下ろし、彼を再び捕らえた。キョウスケは重い息を吐き出し、最後の抵抗と言わんばかりに再び空に顔を向けた。キョウスケに倣い、少女も空を仰ぐ。
「快晴とまではいかないけど、やっぱり空は晴れていてこそですよね。ね、先輩?」
「あー…。」
「心と天気って似てますよね。気持ちがすっきりしない時はよく『靄がかかった』とか『霞がかった』とか言うじゃないですか。やっぱり、心も天気も晴れていないと気持ち良くないですよね。」
「あー…。」
「気持ち良くって言えば、男女のまぐわいも互いに心が通ってこそ最高の快楽が得られると思うんですよね。やっぱり、無理矢理押し倒して一方的に欲望を吐き出すとか、望んでもいない禁断の関係と分かっていながら、謎の義務感を覚えて事に当たるとか、そういうのって満たされたようでまるで…」
言い終わる前に、キョウスケは起き上がり、少女を力任せに押し倒す。少女の顔の両隣に手を付き、仰向けに倒れた少女を睨みつける。少女は怯えるどころか、色の無い笑顔を作り、キョウスケを見つめ返していた。
「今日は最後までやったらどうですか?…ユミにしたように。」
「…。」
「私は先輩のこと好きですから、先輩がどう思おうが、同意の上での行為となりますよ?血の繋がりもありませんし、縁者を弄ぶインモラルもありません。…ユミとは違って。」
「…相変わらず減らず口の多い女だ。」
「減らないから増えて多くなるんですよ、先輩。」
キョウスケは少女から離れ、カバンを手に立ち上がり、入り口の方へと歩き出した。
「もう帰るんですか?」
「飲み物買いに行くだけ。」
「じゃあ私は、なっつんのラズベリー味で。」
「…自分で買って来い。」
「自販機デートですね。では行きましょうか。」
「…もうそれでいいよ。ハァッ。」
少女はあっという間に追いつき、キョウスケの腕に自分の腕を絡める。キョウスケは既に諦めているのか、少女の方を一切見ないで、腕を組んだまま、一階の購買部へと向かった。
夕暮れになり、校庭で練習をしている運動部はどこもかしこも帰る準備を始めている。校舎を閉める時間も迫り、キョウスケも起き上がり、カバンを持って屋上を出た。後をついて来る少女は、何を考えているやら計り知れず、キョウスケの背中をニタニタと見つめていた。昇降口を出たところで、ようやく少女が口を開く。
「聞かなくていいんですか?ユミのこと。」
「認めたのか?お前が匿っているって。」
「さぁて?もしかしたら、どっかで汚いおっさん引っ掛けてお泊りさせてもらって…を繰り返す家出少女してたりして?」
「…じゃあな。」
「もう少し構ってくれてもいいのに。…また明日。」
少女に背を向けたまま黙々と歩き出す。妹のことが気掛かりでないという訳ではないが、自分がどうこうできる立場でないことも理解していた。それに、会う度に妹の所在を仄めかす少女の言葉に、安心している部分もあった。少女の名はアヤカ。ユミのかけがえの無い親友であった。妹が彼女の元を頼るのは自然なことだと彼は思っていた。
手を振るアヤカに見送られて、キョウスケは沈みゆく橙色の半球に身を溶かした。
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