A4 Holiday


「京、早く早く!!」

「慌てなくても映画は逃げやしないって!」

 土曜日の昼、京介は祐美と共に隣町の映画館へと来ていた。正確には、彼女の提案で一日デートをすることになり、照れ臭さがあったものの、可愛い妹のためにと、京介はひと肌脱いだのであった。祐美の話では、彼女の友達は週末によく兄妹または姉弟で買い物やアウトドアを楽しんでいるらしい。友達の話についていけるように…というよりも無駄に友達の真似をしてみたいというのが祐美の本心であった。先日、土井から「妹を恋人に」という暴論を聞かされていた京介は、積極的に彼を誘う祐美に戸惑いを感じており、彼の考えるデートの定番「夕焼けの観覧車で高いところに来たらキスをする」をなんとしても回避して、間違いが起こらないようにしようと、頑なに決心していた。なお、本日のデートコースに遊園地というプランは存在しない。

「ねーねー、何見る?マーガリンシュガーパンマン?ポッケノモンスター?あっ、アンナと雨季のジョーも面白そうだよね!」

「アニメばっかじゃねーか!お子ちゃまか!!」

「偏見乙。今のご時勢、いい大人だって普通にアニメ映画を見るんだよ、おじいちゃん?」

「ふぉっふぉっふぉっ、わしも好きじゃて、アニメ。」

「うわー京おこちゃま!!」

「偏見乙。」

いつまでもふざけ合っていてもキリが無いので、二人とも見たことが無い映画を見ようということになり、「アリエーンVSフラレター」に決定した。宣伝ポスターを見る限りだと、禍々しいクリーチャー同士が戦い合うホラーアクション映画のようだが、実際の中身は、何でも否定する触手型の異星人アリエーンが、山でのクマ狩りに没頭し過ぎて失恋続きの異星人フラレターと出会い、交流を深めるうちに互いの恋愛観を見つめ直していく痛快人外ラブコメディーとなっている。受付に行き、入場券を二枚購入する。頭のおかしい奇抜過ぎる内容だった為、事前予約なしでも他の映画よりは空いているだろうと睨んでの選択でもあったが、受付の女性から提示された座席表を見て、二人は言葉を失った。スクリーンが最も見やすいであろう中央付近の座席は勿論のこと、座席の大部分が予約席として埋まっていた。残っているのは最前列の数席と最後尾右の二席。二人は顔を見合わせ、後ろに並んでいる客のことも考えて、最後尾右を確保した。

「それじゃ、ポップコーンとジュース買ってくるから先に席に行ってていいぞ。」

「あー、駄目!私も行く!!」

人目を憚ることなく、京介の腕に抱きつく祐美。京介のイケナイ恋警戒レベルが2に上昇した。

「飲み物と食べ物を買ってくる気遣いが出来るのは花丸だけど、か弱い乙女をいつ何時襲われるかも分からない暗い部屋に一人きりにしておくのは、どうかと思うよ!」

「一人じゃねーだろ!周りに他の客もいるし、そもそもお前を襲う物好きなんているはずg」

「んふふ~♪お兄ちゃん~♪」

「おっ、おい!こら!!」

祐美が更に密着してきたため、京介は焦り始める。腕に伝わる柔らかい感触を役得と思いながらも、頭の中は真っ赤に染まり警報がウインウイン鳴り響いていた。間もなく警戒レベル4まで一気に引き上がる。

「そのいるかも分からない物好きに襲われてからじゃあ、遅いのよっ!!」

「ひゃぐがぁぁぁ!!??」

司令塔の電源が強制的に落ちる。すぐに、足への痛覚伝令がなされた。色仕掛けからの必殺の一撃。京介は堪らず片足を上げて跳ね回った。踏みつけられた足の痛みに、彼は悟った。やはり土井が提案するような間違いは起きないし、これほど油断を誘う戦術に長けた腕前を持っているならば、一人にしても、その状況で襲われても問題は無いだろうと。ウサギのようにいつまでも跳ねている京介を見ながら、祐美は腰に手を当てて胸を張って笑っていた。


 映画が終わり、丁度良い時間になったので、映画館に隣接するデパートのレストランで昼食を取る。安めのステーキセットを頼み、予想外に面白かった映画の話で盛り上がった。映画館の売店で買ったキーホルダーを見せ合い、祐美は友達用に貰ってきた映画のワンシーンがプリントされた袋に一つずつ丁寧にしまっていく。京介がコミカルな仕草をするフラレターが描かれた下敷きを見つめていると、祐美が一つキーホルダーを差し出してきた。それはアリエーンとフラレターに手を繋がせることで一つにくっつけられる、ペア仕様のキーホルダーだった。祐美は京介にフラレターの方を寄越してきた。

「京、大学生になったら一人暮らしするんでしょ?まだちょっと先になるけどさ、一人でも寂しくないように持ってなよ。」

「別に一人になったって寂しくはねーよ。…でもまっ、兄を想う妹の気持ちは大切にさせてもらいます!ありがとな、祐美!」

「へへっ!うん!!」

「それじゃあ、お兄ちゃんからは、祐美が元気で立派な大人になれるように、野菜サラダのトマトを贈呈しましょう!」

「わーい!…好き嫌いせずに自分の分はちゃんと食べなさい!!!」

「むぐぅ!?rrrrrrrrrrrrr!!!???」

祐美の皿に移したトマトを祐美がフォークで刺して、京介の口に押し込む。苦手な野菜に悶える京介は、トマトに赤みを奪われたように顔を青くして妹の強制あーんを乗り越えた。


 食後、デパート内を右往左往して、洋服を見たり、書店で立ち読みしたり、ゲームセンターで遊んだり…広い屋内を巡っているうちに日暮れとなり、電車の時間に遅れないように駅に向かった。いつもよりも空いている電車の中、並んで座る二人。妹は一日大はしゃぎした反動で兄の肩に頭を委ねた。心地良い寝息を立て、どんな夢を見ているやら。祐美の頭を撫でて、目的地のアナウンスが聞こえるまで、眠り姫を守る白馬の騎士に興じた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る