A2 平穏な日常


「んでよぉ、マネージャーの鈴木に告ったんだけどさ、鈴木の奴、うちの兄貴とできてたんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「ぶっはっはぁぁぁ!!!切ねえ!!!」

 昼休みの学生食堂、京介はクラスの仲良しグループと共に賑やかなランチタイムを過ごしていた。あちこちでガヤガヤと陽気な話し声が立ち、近くに座っていても、大声で話さないと聞こえない状態だった。話題はサッカー部の山田の失恋話。渦中の人物である鈴木がいるかも分からない状況だというのに、山田はお構い無しに自分の体験した不幸を赤裸々に語っていた。京介を含めて五人が、山田の話に釘付けになる。

「つーか兄貴から聞かされてなかったのかよ!」

「あれでいて、俺の兄貴だからな。そこはできたもんで、弟の恋心に気付いていたこともあって、俺を傷付けまいと真実を明かせなかったらしい。」

「それ本当にできた兄貴って言えるのか?弟の恋心を知っていたのなら、黙って身を引くこともできただろ?」

「それは…それ…は…!!!ああああああああ!!!!」

「お前が兄貴の思いやりとやらに乗せられてお花畑を夢見ている間に、その兄貴が花畑に先回りして目当ての花の蜜を貪り尽くしてたってわけだな!」

「うおおおおおおーーーーーー!!!あ~~に~~~き~~~~!!!」

「ぶっ!!おま!?バカ!俺のサンドイッチに醤油かけるな!!!」

山田が隣に座っていた塚本とじゃれ合い始めて、一斉に笑い声が上がる。兄貴の裏切りに怒りと何故か芸人魂を燃やし始めた山田は、塚本だけでなく、土井、野中、梅田、そして京介にまで魔の手を伸ばしてきた。勝手におかずを一品食べたり、炭酸飲料に麦茶を混ぜたり、お絞りで口元を丁寧に拭いてくれたり…やりたい放題の山田に、京介たちも釣られるようにアホの限りを尽くした。頭の中が年中春模様の学生達に誘われて、お昼を食べに来ていた生活指導の加藤先生が厳つい巨体に似合わぬ微笑みをしてやってきた。ノリを抑え切れない山田は、無礼講と言わんばかりに、加藤先生に抱きつき、彼の頬を愛おしそうに撫で始めた。初めはゲラゲラ笑っていた京介たちだったが、明るい声はすぐに消え失せ、慌てて昼食を掻きこむと、足早に席を立った。山田は首を傾げて友達の行動を見ていたが、やがてすぐ側で発せられた禍々しい怒りのオーラを感じ取り、青ざめた。加藤先生は、優しい仏の眼差しから猛る明王の化身へと表情を変え、山田の肩を引き寄せ、耳元で激しい雷を轟かせた。

「何をやっとるか!!!この戯けがぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

「しゅっ、しゅびばぜーーーーん!!!!!」

雷は素早く空を駆け抜け、逃走を試みた一派を一網打尽にした。かくして、京介たちは、生活態度が乱れているという理由で放課後に進路指導室の掃除を課せられたのであった。


 放課後、すっかり茜色に染まった空。進路指導室では、二人の罪人が刑に服していた。二人ずつ二日間掃除をするようにとの刑務官殿の命令故、部活動との兼ね合いも協議した結果、その日と翌日は京介、土井が担当することになった。クラスで担当する掃除場を終えてからこちらに向かうので、必然的に下校までの時間が掛かるのだった。床を掃き終えて、二人で仕上げの雑巾がけをする。目印があるわけでも無いのに、どちらがより多くの床を拭けるか、罰でさえも遊びに変えていた。結果は引き分け。合間に本棚やら机やらも配置してあるので、精査が面倒になったのであった。雑巾を濯いでロッカーに戻し、荷物を持って下校する。丁度帰り道が同じだということもあり、二人は他愛も無い話で仕事疲れを癒すのだった。話題は昼間の内容から男子の恋愛トークになっていた。

「そういや京介って、まだ彼女いないんだっけ?」

「真に残念ながら。こんなイケメンを放ったらかしておく女子諸君の好みセンスを疑わずにはいられない!」

「はっはっは!よく言うよ!そういうお前は自分の美的センスを疑えっての!」

「お前には言われたくないやい!」

「ははは!でもまっ、お前の場合、最悪可愛い妹君と結ばれるって言う未来もありではなかろうか?」

「ねーよ!お前アニメの見すぎ!」

「違う!ギャルゲーのやり過ぎだ!」

「うわーん!このおにーさんキモーイ!!」

「ぐへへへ!そんな貴様に新作の情報を提供してしんぜよう!」

「おっ、何か新作出たのか?」

「実はですね隊長。」

青い春はあっという間に過ぎ去り、新しいゲーム情報に熱狂する二人。その情報の中に、妹との禁断恋愛物もあり、無意識に祐美の姿を想像してしまう京介。しかし、愛の言葉を呟き、べったりと自分にくっつく妹を想像するが、特別な感情が湧き起こることもなく、そんな自分に安堵を覚えたのであった。

「妹系ってやっぱいいよな。なぁ、俺が祐美ちゃんに告白してもいいですか?お義兄ちゃん!」

「お前に妹はやれん!それとおにいちゃん言うな!!」

京介の安堵は、土井への強い警戒心に変わった。


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