B1 禍族
体に刻まれた時計で本能的に目を覚ます。光を嫌う吸血鬼のようにカーテンは閉め切り、朝だというのに先の見えない闇に包まれた部屋の中。いつ干したかも覚えていないぐちゃぐちゃにしわの寄った布団を押しのけ、ドアを目指す。割れたガラス片やら丸まったちり紙やら、荒れた足元も気にせずに、邪魔者を踏みつけて、長年の感を頼りに目的地に辿り着く。ゆっくりとドアを開くと、眩しいほどの光が溢れ出てきて、視界を奪う。しばしその場に立ち、目を慣れさせてからリビングへと歩き出した。通り道、妹の部屋に目を向けるが、ドアが外れて倒れたままで丸見えの室内には、すっかり虚空が居ついていた。
洗面所で顔を洗い、リビングのテーブル前に腰を降ろす。物音に気付いて、台所から母がやってきて、渋めの湯飲みにお茶を注いだ。
「おはよう。あなた、今日も早出なのね。」
「…ユミは?」
聞くこと自体が無駄であることは分かっていたが、それでも気になって聞いてしまうのは、兄として彼女が心配だからなのかもしれない。
「ユミ?ユミなら部活の合宿でしばらく帰ってこないでしょ?忘れちゃった?」
「…ああ。」
母は笑顔で彼の頬にキスをして、再び台所に戻り包丁を奏でた。出されたお茶を一啜りして、新聞を読む。芸能人の不倫報道やスポーツ選手の躍進報道…電車で窓の外の景色をぼんやり眺めるように記事を次々に読み飛ばしていく。ふと、女子大生強姦殺人事件の記事が目に入る。呼吸が荒くなり、心臓は鼓動を早め、眩暈が起きる。胸の奥から湧き上がってくる不快な念を押し戻そうと、新聞をグシャグシャに丸めて、勢いよく投げ捨てた。ゆっくりと目を閉じて呼吸を整え、震える右手を左手で押さえる。10分程してようやく波は収まった。朝食を持ってきた母は、彼の異変に気付くことなく、二人分のベーコンエッグトーストを並べた。
朝食後、部屋に戻り、よれよれの制服に着替えて、軽すぎるカバンを手に学校へと向かう準備を整えた。玄関で靴を履いていると、母が布に包んだ弁当を持ってきた。弁当を黙って受け取ると、母は頬に唇を押し付け、にっこりと手を振った。
「行ってらっしゃい!気を付けてね!」
声を出すことも振り向くことも手を挙げることもせず、返事をしないまま家を出る。照りつける朝の日差しを疎ましく睨みつけ、学校への道を歩き出した。
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