昨日
第9話 昨日 ~なぁヴィルヘルム、墓参りに行かないか? リヒャルト君を連れて~
昨日
こんな気分は久しぶりだ。
なんといえばいいのか。心が憂鬱なままの目覚めじゃあなかった。
昨日あんなことがあったというのに。体を起こせば、床にはたくさんの破壊の跡が散らばっているというのに。
眠っている間に、ずいぶんと怒りは収まってしまっていたのだ。
『孝之殿? おはよう御座います。もう、起きていますか?』
ちょうどいいタイミングで扉の先から聞こえてきたのはヴィルヘルムの声。
おもむろに立ち上がった俺は、瞬時に昨日の釣りあがった彼の顔を思い出して気が重くなった。
せっかく晴れやかに起きれたというのに、それは一瞬の幻……といった所か。
「あ、あぁ、おはよう。ヴィルヘルム、あの……昨日は……その……」
「おはよう御座います! 孝之殿! 朝食、出来ていますよ!」
恐る恐るといった感じでドアを開け、顔を覗かせた俺、一気に力が抜けそうになった。
寝起きプラス脱力。また夢の世界にいけそうな感覚だ。
それは俺を起こしに来た彼が、慈しみといえばいいのか、とても安心する笑顔を浮かべて俺に話しかけてきたからだ。
「怒っていないのか? だってこの部屋は……」
「さぁ、一緒に食べましょう! 冷めては事ですから!」
結果、面食らった俺は、爽やかに笑顔が映えるイケメンに腕をつかまれ、部屋から引きずり出され、そうしてダイニングまで連れて行かれることになった。
少し強引過ぎることの運びに俺が浮かべたのは苦笑い。
そしてまた、思ってしまった。前日の喧嘩を忘れ、いつもどおりの日常を送ろうとするヴィルヘルムに対して、「お前は……嫁か?」と。
「リヒャルト君は?」
「安心してください。もう帰ってきております。ただ今はまだ眠られておりますが」
「ショックで……だよなぁ?」
「疲れていたんですよきっと」
「おまえなぁ」
ますます、拍子が抜けた。この週末はもっとギスギスしたものになると思ったからだ。
ただ、普段と変わらないように彼が接してくるのを通して、沸々と沸き起こるものがあった。
罪悪感と自己嫌悪。
俺も歳をとったものだと思う。
だから分かる、
それくらいは分かる歳になったつもりだ。と、いうか、俺がヴィルヘルムだったら……作った味噌汁を頭からぶっかけているだろうから。
「なぁ、ヴィルヘルム」
「ハイ、孝之殿」
「墓参りに行かないか? リヒャルト君を連れて。ちょうど一周忌なんだ。アイツの……」
「お供……させていただけるのでしたら」
別に今回の喧嘩だけではない。
どんなに気を使いあっても、やはり三人でずっと暮らしていくうちに互いに無理をしているとは考えていた。
今の彼の表情しかり、だから、俺は提案してみた。
きっといいきっかけだ。
リヒャルト君が
ソレがあったから、ここいらで一つ、互いの思いをさらけ出すことだってできそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます