第5話 2か月前 ~俺を助けたい? 許さない。そしたらお前を憎めないよリヒャルト~

『孝之、まだ仕事をしているのか? 少しいいか?』

「リヒャルト君。ちょっと手が離せないんだ」

『邪魔はしない……入っても?』

「すまないね。ちょっとこの作業だけは、二人以上の介入を許すものじゃなくて」

『……だから、施錠までするのか? 本当に?』

「話は聞く、その場で悪いが言ってくれないか?」


 ソファに寝そべり、特に何も頭に考えを浮かべていない俺。

 今いる一室の、扉を挟んだ廊下からのリヒャルトの問いには惰性のような空返事だけで返してやった。

 もちろん彼に「仕事」として返したのは……嘘だった。


『仕事をしようと思ってる』

「頭のいいリヒャルト君にしては面白い話だ。日本人としての身分も無い、外国人居留許可書なんぞ、異世界から転移してきた君には無い。そもそも発行するために必要な身分証明だって、無理な話じゃな~い?」

『だけど、身分を隠して仕事をすることも! この世界でアルバイトすることだって! 今なら言葉だって……!』

「ハッハ! テレビ番組による知識だね。そりゃ不法滞在者についての話だろう? 君は貴族家のご子息なんだ。あんまり自分を安く売ろうとしないほうがいい」

『今は僕が貴族であることなど、この世界では何の役にも……』

「いーの。君は違法のもと暮らす彼らと肩を並べるべきじゃない。それに何より、そんなことさせたら、俺がアイツ・・・に怒られる」

『真剣なんだ!』

「真剣ならなおさらタチが悪いよ。道歩けば異性みな振りかえる君が、アルバイトで店舗に立ってみ? 凄い注目に晒される。そのとき、『異世界人です!』なんて、信じてもらえるわけ無いじゃないか」


 リヒャルトがまじめに発言しているのは、ソファで寝転がりながら聞いている俺にだって分かった。 


『だけど、自分達の食い扶持くらいはせめて……三人分を、お前一人の給料まかなうのだって負担があるだろう? 僕だってこれ以上の情けは……』


 心配はありがたい。

 だけど、ソレとともに湧き上がる、もう一つの感情が、次の俺の回答につながった。


 言ってしまえば、結構ツッケンドンなリヒャルト。

 だが最近はよく俺のことを心配してくれるようになった。気遣いやその態度が感じられる。


 きっと負い目があるからというのは感じていた。

 家事全般をこなし、俺が望むことをいち早く察知し、速やかに形に成すヴィルヘルムとうって変わって、活躍する場が無いことで焦りがある。


 ここは彼らにとっての異世界・・・・・・・・・・

 どれだけ扉の先の少年が、強力な魔法を使うだけのポテンシャル、そして剣の腕が良かろうが、無用な長物。


 悔しいんだ。おそらく。


 ヴィルヘルムの話を信じるとするなら、本来のリヒャルトは、凄い性格が悪く、刺々しいらしい。

 それ以外の表情を見せるのは二人だけ。ヴィルヘルムと、アイツ・・・に対してだけの様だった。

 そんな高慢な美少年が、俺に対して配慮を見せてくれている。そう考えると、俺を気に掛けてくれるのは、嬉しいには、違いないんだけど…… 


「気にすんなって。君たちを迎え入れたのは俺なんだ。決断しておいて途中で助けてもらっちゃう。んな、恥ずかピーことできないよ」

『そうは言ってもだな!』


 同時に俺の中で浮かんだのは……小さな怒りだった。


「おいおい、あんまり年上オレを舐めてくれるなよ? それに、こっちの出来事はこっちの者で解決する」


 ソレ・・が胸を燻り続ける。


「まっ、要はあれだよ。メンツに関わる時ってやつ? 分かってくれるとありがたいんだけど……」

『孝之がそこまで言うなら、少し……悔しいが』

「気にしない気にしなーい」


 結局申し出を了承できなかった俺は、廊下で生じるリヒャルト君の足音が、離れていくのを感じながら……


「……認めてやるものかよ。そしたら憎めねぇじゃねぇか。この世界の事ぁ、この世界の人間ヤツが片付ける。異世界のゴタでこの世界のアイツを縛り付ける、テメーらとは違うんだよ」


 仰向けになった状態から寝返りを打ち、扉に背を向けた。 


お前・・も、お人よしバカなんだよ。あの時言ってたじゃねぇか。『やっぱり現実だったよ』って……」


 小さく息を吐く。もう一度体勢を変えた俺は、はからずもさっき背を向けたはずの扉に体を向けてしまった。


「どうせ腹の中じゃあ、その笑顔を浮かべてんだろうよ。やっぱりイケメンだなぁ? いい笑顔だよ。《ポスター》に……描かれたものも」


 ムカムカする胃の腑を感じながら、俺はソレだけを呟き、目を閉じた。


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