3か月前

第2話 3か月前 ~出会い~

 三か月前


「ん? は……?」


 有り得ない光景を目の前にした俺は、一瞬頭が真っ白になった。

 ランカランカラン、という電子音を耳にして、黄と黒の危険色に道を塞がれ、ソレが過行くのを待っていた俺は、近くで落雷したのではないかという音の爆ぜり様に、慌てて手で耳をふさぎ、目をつむった。


 そのすぐ後だった。

 やっと収まったか、と、ゆっくりと目蓋開けた俺が、遮られたその先、踏切内に二人の男が佇んでいることに気が付いたのは。


 突然の爆音、突然の出現。


「/:;@[/@[:」

「]\:[]\:[]」


 そして耳なじみのない言葉。


 分からないこと尽くし。

 仕事が終わって帰宅途中の疲れきった俺には、それ以上何か反応することが出来なかった。

 

 ……が、轟音による耳鳴りが解け始めてやっと、もとの踏切警戒音が耳に入った瞬間、我を取り戻した。


「ちょっとそこの二人! 危ないですよ! 何やってるんですか! 電車がっ!」


 だから吠えた。当たり前の話。

 命の危険はもう、二人のすぐ傍に迫ってきているはずだから。


 しかし踏切の中の二人は、まるでどこにいるのかわかっていないかのように茫然と突っ立っていた。


 聞きなれない言葉、どう見ても日本人には見えない容姿。 


「おい! 聞えないのかよ!」


 最初に反応したのはまだ青年の域には至っていない、しかし西洋彫刻を思わせる金髪に緩いパーマがかかったような少年。


 もう一人は……俺の言葉に反応した瞬間、すぐに少年の前に俺から守らんばかりに立ちはだかった。

 

「ちげぇよ! そうじゃねぇよ!」


 見慣れぬ恰好をした彼ら、もう一人の男は腰に手を伸ばしたようだが……


「アレだ! アレ!」


 俺ももはや、言葉だけでなんとかしようと思わなかった。

 身振り手振りを加えた。一方向を指した。彼らの視線を誘導できるように。


 轟轟という音が遠くから近づいているのが聞こえた。

 ……電車の走行音だ。

 汽笛も……鳴った。それはつまり、いまだ距離は有るだろうが、線路上に立つ二人のことが、向かってくる電車の運転手にもおそらく見えていることが伺えた。


「出ろ! 今すぐにだ! オイ! オ、イ?」


 逆効果だった。

 誘われたように俺の指の方角に彼らが目をやった瞬間、凍りついたから。

 腰に手を伸ばしていた男など、呆然とソレを眺めるだけで……


「ぬ、ぬ、ああ、もう! これで事故って明日のダイヤ乱れたらコトなんだよ! 間に合え!」


 脳裏によぎるは最悪な結末。なのに……俺は飛び出した。

 自分でも信じられない。ただなぜだか体は動いた。

 

 俺だって、車両が迫る踏切に立ち入るのは初めてだってのに。


 馬鹿みたいに声張り上げて、走って。

 もうあと少しで二人に届きそうなころ、男のしまった! とでも言っていそうな表情と、恐怖からか瞳を細かく揺らす美少年と視線が交わった。

 

 構わない。結局、タックルだ。

 何を言っても通じない。もはや動けない。

 車両が当たれば、最悪なイメージ。ソレならば、と強制的に路線内から排除するしかなかった。


 ……俺が一息をつけたのは……俺の背中の後ろで、重い車輪が線路を滑り続ける音が止んでから。


「ったぁあああ、危機一髪。よかったぁ」


 よかったぁ。なんて、本当に安堵して口から出た俺は、どっと仕事での疲れも一気に噴き出した気がした。


「孝……之……?」

「んが? 孝之? それは、確かに俺ですけど」


 無事を噛みしめることで、また自分の世界に入っていた俺、不意に名を呼ばれたことで体を起こす。


 名を呼んだのは、少年を守ろうとした別の男。


 少し長い銀色の髪。少しだけそこに、青もさしたようなソレを揺らす、少年とは違うが、切れ長な瞳、シャープな輪郭、秀麗な面立ちをした男は、信じられないものを見ているような表情を浮かべていた。


「俺の事知ってるんですか? とりあえず立ってもらって……」


 立ち上がろうとして、そこで俺も言葉を失う。

 

「嘘、だろ……? 君……」


 少年に注意を向けた一瞬のことだった。

 なぜ銀の髪をした男が俺を名前を知っているかはわからない。だが俺は、少年の事だけは知っていた……まず会えるはずのない相手だ。


 俺だって信じられない。


「リヒャルト・オーウェンクルス……君?」


 彼らが纏うは見慣れぬ格好。だが俺は、改めて少年の顔をよくよく見たところ、覚えがあった。


 リヒャルト・オーウェンクルス君。彼は……アイツ・・・の弟だから。


 寧ろ知っているというのが正しい。


 異世界に飛ばされたのち・・・・・・・・・・・何度かこの世界に戻ってこれた・・・・・・・・・・・・・・アイツが、彼の知らない所で俺に話してくれたんだ。

 俺も、魂だけなら、一度だけあちら・・・に行った事があった。


 そのとき、このリヒャルト君は机に伏して泣いていた。

 アイツが地球元の世界に戻ってきたことで、行方をくらましたことで心配極まっていたから。


 魂の存在としてのアイツが傍に寄り添ったことにも気づかない少年。

 元は、赤の他人だったはずなのに、そんな彼に向かってアイツが、悲しげに笑顔を向けたのを今でも覚えている。


 そう、俺は……異世界の存在を知っている。 

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