15.あたしは今、ナイーヴなのです
起きたらあのひとがいて、それから天気は、雨だった。
雨。月にはないもの。
生まれて初めてだけど、ものすごく煩わしいものに感じた。
月には存在しない機器である、時計を見る。もはや昼。
日課になっていたゴミ拾いは、今日は行けないなあ、とまで考えて、嫌なことを思い出した。
光を失った羽衣。
あたしはもはや月に還れないのだろうか?
月に還れないのに、ゴミ拾いなんて続ける価値はあるのだろうか?
というか、あたしにできることって残っているのだろうか?
倦怠感。
考えても辛くなるだけで答えは出ない。
あのひとに気づかれる前にもう一眠りしてしまおうか。
そう思った矢先。
「おはよう伊月。早速だけど外に出ようか」
あのひとはあたしを起こした。
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ぱらぱらという、透明の被膜を雨が断続的に弾く音。
あたしは、傘をさしていた。
なるほど、これが雨。
空から水が降ってくるから、当然のごとく地面が濡れて、ますますゴミ拾いは無理だな、と思う。
なによりも、あのひとに借りた服や靴が、湿る感じがして不快だった。
ああそうか、あたしは、雨を、嫌いなんだ。
「どうかな、たのしい?」
あのひとがおずおず、と尋ねた。
演技でも、楽しんでいるふりをできればいいのだが。
「雨は、不快なのです」
そう言ってしまった。
あたしはすぐ、そう言ったことを後悔した。
あのひとは、ちょっと寂しそうな顔をした。
沈黙。
どうしよう。
「でも、どうしてあなたは雨を『たのしい』って思うのですか?」
あたしは、なんとなくそう言った。
「そうさなあ……世界が色が変わるからかなあ」
あのひとは、前を向いたまましゃべった。
透明な傘越しに後姿は見えるけど、顔は見えない。
でも、あたしが好きな表情をしている、となんとなく感じ取れた。
「確かに雨の日は、じめじめとしていて、鬱陶しくて、外に出れなくて、散々な目に遭うけど、でも、首を上下に動かせば、天地は黒っぽく、重厚な色合いを増している。音が放つ色合いも変わってくる。世界はこんなに気怠いのに、雨粒が傘のビニールを弾く軽やかな音や、水たまりを蹴立てる子供の長靴の音が……」
そこまで言って、あのひとは、しゅんとしぼんだ。
「ごめんね、お気に召さなかったみたいで。帰ろう」
「え、その……」
あのひとは、とぼとぼと帰る。
あたしには止める言葉はない。
ダメだ、あの夜から、すべてが狂い始めている。
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