6.出発
伊月の羽衣を脱がせて私の持ってた服に着せ替えて遊ぶのは……そこまで楽しくなかった。
原因は、私の持っている服が似たり寄ったりなものばかりだったからだ。
普段からおしゃれに気を使わないせいか、私の持っているどの服を伊月に着せてもなんにも印象が変わりやしない。
しまいには『脱がせるまでが一番楽しかった』と私がぽろっとこぼしたばかりに伊月が激怒してしまった。
なぜだろう?
わからない。
厄日だ。
平手打ちを食らって痛む頬をさすりながら、家の鍵を閉めた。
前を見ると、私と同じ服装をした伊月が、こっちをちょくちょく振り返りながら階段を駆け下り、外へ飛び出し、寮の門まで駆けた。
さっきまで烈火のごとく起こっていたのが嘘のよう。その姿は子犬を連想させる。
胸の奥底が温かくなるような気分になり、ほっこりとした気持ちになった。
今日はいい日に違いない。
「さて、伊月、この門を出て右に曲がって坂を上れば大学、左に曲がって坂を下れば街がある。どっちに行こうか」
……この寮の立地は最低なので、平気で坂道の中腹に背の高さの違う三棟、雑に立ち並んでいる。
「う~ん、大学は教育機関、なのでしたね?でしたらそちらに向かいませんか?この地上での常識などを知っておくに越したことはないでしょう」
真面目モードなのか、伊月の語尾が敬体の話し言葉になった。かわいい。
「でも、一般常識くらいなら、私が……」
「……あなたの常識は世界の非常識の香りがします」
ひどい言い草だが、余計なお世話だと言いたいのだろう。
でも、私が信頼できなくても、私のスマホで──と言いかけて、やめた。
この子の好きにさせてやるのが、私の意思だったことを思い出したのだ。
じゃ、行こうか。と告げると、二人で門を出て、右に曲がる。
大学が山の上にある都合上、この坂道は車が頻繁に通れる程度には整備された山道、といった印象を受ける。
だから、この坂道には、心地よく木漏れ日が降り注ぐのだが……。
(だいぶ、台風で枝が落ちているわね)
道の両サイドに生えている木々が織りなした自然の天板は、所々大穴があき、普段より増して強い日が降り注ぐ。
足元には、というか道全体には、昨日の大風にやられたのであろう、枝葉が敷き詰められていた。
異常な日だったんだなあ、と思った。
異常な日の、異常に強い台風が過ぎ去ったその日の夜、私は伊月と異常な出会いをした。
伊月は、と見ると私の先を、好奇心いっぱい、といった風情でサクサク歩いていく。
置いて行かれたくなかったので、私は歩調を速めた。
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「あああ……」
伊月が失意の溜め息を漏らしたのは……門を出てわずか一分後のことだった。
門を出て、山道を30秒ほど登ると、ゆるやかなカーブにさしかかる。
その先に伊月と、伊月を追った私が消えてすぐのことだった。
「あー……」
私はすぐに状況を理解した。というか、理解せざるを得なかった。
絵に描いたかのように立派な幹を持つ木が根元から倒れて、目の前の道を思いっきり通せんぼしていた。
これも昨日の歴史的な台風のせいなのだろう。電気は止まるわ通学路は塞がるわで散々である。
「えっと、このままでは大学へ行けないのです……」
いいことじゃないか。学生の夢だ。
そんな考えは口には出さず、私はどうしたものかと考える。
5秒後。
「伊月、この下、通れそう」
「この下、なのですか……?」
私が指さしたところには、木の幹と地面の間にちょうど一人が屈んで通れる大きさの隙間が空いていた。
「ここ、通るのですか?」
逡巡する伊月を横目に、私は倒木の下を潜り抜けた。
冒険って感じ。気持ちいい。
「安全性に問題なし。伊月もおいで」
私は倒木の向こう側から伊月に呼びかけた。
たぶん、普段より幾分か楽しそうな声をしていたと思う。
伊月は、あたふたと慌てていたが、やがて、意を決したように、えいっと木の下を潜り抜けてきた。ふんす、と鼻息を鳴らす。
それだけのことが、彼女にとっては勇気ある冒険だったらしい。
「伊月、君は元気っ子キャラなのに変なところで躊躇するんだね」
私はからかった。
「違うのです。あなたがぼんやりしてる癖して変なところで果断になるのがおかしいのです」
そうそう、二人ともおかしいのだ。
見てくれと、中身と。キャラというペルソナと、時々現れる本性とが……。
微妙に変なところでちぐはぐなのだ。
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