雨の日
現夢いつき
雨の日
鈍色の空から雨が降ってきた。
それは、黒いコンクリにあたって砕け散る。それが徐々に数を増していき、やがて大雨と言えるほど強いものとなった。
七月のことである。
その時期は、まだ――というか今もだが、私は傷心中だった。
鉛のように重い感情が私の心の中にあって、それが日に日に大きく肥大化するものだから、それに押しつぶされないように私は日々の生活を耐えた。
失恋ごときでなにを貧弱なと、皆様は思うかも知れないが、私はまだ大学生という身である。思い人が全てであると盲目的に思っていたとしても、誰が責めることができよう。
あの人と暮らしていく上で、どこに就職すれば最もいいのかを考え進学した。それゆえ、あの人が私の前から消えた今、どうして大学に行く必要があるのか分からない。正直、辞めてしまいたかったが、この
むろん、これらすべてはただ言ってみただけのことで、誰が悪いのか知っている。ともすればあの人に全責任を押しつけているだけのように見えるが、これは自分の判断で、自分の道を進んだ結果なのだ。
他人を責めることはできない。
だから、自分のせいだと分かっていながら、あの人にその責任の一端を負わせようと無意識のうちでしている自分が大っ嫌いだった。直視するに値しないような醜い怪物のような心へと自分が日々変貌している気がしていた。
マシンガンが空から降り注いでいるのではないかと疑ってしまうほど、雨は勢いが強かった。そんなものを前に、私の折りたたみ傘が何の役に立つというのだろう。気休め程度にもなりはしない。
大学から帰宅する道を辿っていくと、
コンクリで覆われてこそいたが、大小様々な凹凸をなくすまでには至らなかったらしい。そのため、へこんだ部分には雨水が溜っていた。そこに飛び込んでいく雨粒は波紋を作ることはない。次から次へと雨が降り注ぐため、一つの雨粒が大地に零れた印として、波紋を作る事さえも許さないのだ。
私はふと、あの人と付き合っていた頃を思い出した。
あの頃は受験を控えていたせいもあって、私はひどく疲れていたし、同時に精神的に不安定になっていた。断言してもいいが、あの人がいなければ私は受験を乗り越えることはできなかったに違いない。
次々としなければならないことができ、許容範囲を超えた。そのせいで、私はあの人と話す機会が減ってしまったけれど、それでも、あの人のためならと思うと私のやる気は燃え上がり、自然と机に向かえた。
私にとってあの人は精神的支柱であった。
そこまで考えてようやく私は、自分が道の真ん中でぼーっと立っていたことに気がついいた。交通量は道の狭さも相まって極端に少ない。自動車どころか、歩行者すらいなかったが、私は少しだけ恥ずかしい気持ちになった。
すぐにその場を立ち去ろうと思ったが、身体が言うことを聞かなかった。とある衝動が私の足にしがみついてこの場から離れることをよしとしないのである。
雨水が溜ったくぼみ。――私の視界に映るのはそれだけである。波紋と波紋が混ざり合い、混沌と化していた。それは私の視線を集めるだけでは足りなかったのか、やがて足をその中へ引きずり込んだ。
パシャン! と非常に小気味がよい音が鳴った。その時には私の足はくぼみから離れて少し上を
どうしてだか、私はそれが面白くて面白くて、さながら地球で最上の娯楽に思えて仕方がなかった。むろんそれは幻覚である。しかし、裏を返せば私はそれ程までに現実と
気がつけば私は笑っていた。服をずぶ濡れにしながら狂人のように。そのことに気がついたのは私の頬に熱い雫が垂れてきたからに他ならない。勢い余った私は二三回同じことを繰り返してから、何事もなかったかのように帰宅した。
通行人が誰一人としていなかったのが幸いだった。自分でも驚くほどの心の闇を誰にも見せずに済んだのだから。
その日の雨は私の狂気をあの日々の思い出と伴に少しだけ洗い流した。しかし、すべては無理だった。あくまでも表層に過ぎない。いまだ、私の中はあの人への思いがコベリついている。それが落ちるのはまだまだ先の話だろう。
その日、私は久しぶりに笑うということを思い出したのであった。
雨の日 現夢いつき @utsushiyume
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