空飛ぶ小鳥と鷹は出会う
「か、奏太……?」
「なに、天」
私を真っ直ぐに見る、奏太の瞳は真剣そのもので、私はまるで蛇に睨まれた蛙の様にその場に立ち尽くすことしか出来なかった。奏太に握られている右腕がじんじんと熱い。決して強い力では無いはずなのに、私は奏太の手を振りほどくことも、後ろに下がる事も出来なかった。
「お、俺さ――」
「おかーさーん! かっぷるがいるーっ!」
「かっぷるぅー」
僅かに顔を赤らめた奏太が、意を決したように口を開く。何かを言いかけたその時、場内を駆け回る小さな子供の声が辺りに響いた。奏太は我に返るとパッと手を放して、アルデバランのディスプレイを見つめる。私はというと、どうにもできずにその場に突っ立っているしか出来なかった。いつもより数倍増しで煩い鼓動が耳に響いている。あの続き、何て言うつもりだったんだろう?
もし、もしも。私と同じ気持ちだったら。奏太の方から、告白するつもりだった、なんて――。
そこまで考えて、私はその可能性を否定する。だって、奏太だし。確かに、前にお出かけした時に途中から様子がおかしかったけど、あれだって小説のネタにする為に
それでも。心の底から湧き上がって来る期待感と、奏太が手を放してしまったという寂しさが同時に押し寄せてきて、私はどうしようもなく落ち着かなくなった。子供たちは私達を見ながら笑っていたけど、今の私たちはとても彼らに構うことなど出来なかった。
「こら、
「他人に迷惑を掛けないって、僕と約束したろう? ――二人とも、すみません」
きゃいきゃいと騒ぐ子供たちを諫める声が三階に通じる階段の方から聞こえてきた。声の主は綺麗な女の人で、身長が小さくて、小顔で童顔。見た所、私と同い年か少し下に見える。次いで降りてきた男の人が素早く二人を捕まえると、同時に頭を押さえてぐりぐりしてる。あれ、地味に痛いんだよなぁ。
すらっと伸びた背に、少し茶色に染めた髪。パッと見では凄いイケメンだけど、チャラそうに感じて私は苦手かもしれない。でも、人を見かけで判断するなってお父さんに怒られそう。
どちらも一眼レフのカメラを首から提げているから、きっと趣味で写真を撮っているのだろう。
「ほーら、二人とも。ごめんなさいは?」
「ごめんなさい」
「ごめんなさーい」
女の人に促されて、子供が謝る。紬ちゃんと呼ばれた女の子は不満そうに、優斗君と呼ばれた男の子は元気いっぱいに。紬ちゃんはたぶん、楽しかった所に水を差されて面白くないのだろう。私はしゃがんで紬ちゃんと同じ目線になると、気にしてないよと言って大きな笑顔を浮かべた。
最初は女の人の後ろに隠れて警戒していた紬ちゃんは、ゆっくりと出てきて小さな声で「ごめんなさい」と謝った。
私はなんだか嬉しくなって、紬ちゃんの頭を撫でる。嫌がる素振りもなく、素直に撫でられているから、きっと良い子なんだろうな。
「あの、僕たちは気にしてませんから。元気なお子さんですね」
奏太が完全に外向き用の営業スマイルを張り付けて応対する。でも、男の人は苦笑して、首を振った。心なしか、女の人が顔を赤らめている。
「えっと、あの子たちは、僕たちの子供じゃないんです」
「ええっ! そうなんですか?」
「はい。親戚の子を預かっているんです。まあその、いつかはきちんと――」
「み、湊さんっ! その話はいいんです!」
湊と呼ばれた男の人が言おうとした一言を、女の人が慌てて制止する。多分、私達と同じように付き合って間もなくて、。でも、男の人がそういう事を考えてくれてるって、イイなー。私は勿論、奏太となら結婚してもいいって思っているけれど、奏太がどう考えているかなんて、分からないから。
話を聞くと、目の前の美男美女はここにデートしにきたらしい。なんでも、今日は付き合い始めてから一周年の記念日ということだった。
女性の方は、
昴さんは頬を赤く染めて湊さんを見る。二人の子と手を繋いで幸せそうに笑いあう彼らは、私の目には家族に見えた。
「俺たち、ついさっきプラネタリウムを観てきた所なんです。やっていたのは宇宙の成り立ちでしたけど、この子たちがどうしても見たいとはしゃぐものですから」
「そうなんですか。僕たちはこの後に行われる季節の星座鑑賞です」
「ああ、あれか。四か月前に一人で見に行ったけど、なかなか良かったよ」
奏太と湊さんはすっかり打ち解けたようで、三階にあるプラネタリウムの情報をやり取りしている。あの二人は、きっと趣味が合うんだろうな。子供たちの話を聞きながらそんな事を考えていると、不意に隣から私の名前が呼ばれる。
呼んだのは、昴さんだった。
「ね、天さん。あの奏太って子、好きなの?」
「好きなのー?」
「ぅえっ!? え、えーっと、その。――はい」
いきなりド直球で来た質問に、私はしどろもどろになりながらも、何とか答える。否定だけはしたくなくて、私は素直に肯定した。昴さんは目を輝かせると、小さく笑って顔を近づける。まるで、内緒話をする時の様に。いや、実際するつもりなのだろう。息が掛かって、少しくすぐったい。
「私の勘だけど。奏太って人、あなたに相当惚れているんだと思いますよ」
「ええっ? そ、そんなコトないですよ。だって、アイツ鈍感だし……」
そう言うと、昴さんはくすりと小さく笑って再び耳元に顔を寄せる。
「男の人って、大体みんな鈍感なんです。自分の気持ちはきちんと理解できてるくせに」
「そそ、そうなんですか? だって、奏太はそんな素振りなんて――」
「多分、見せたくないと思うんです。明確な好意を向けられても、自分は何でもない振りをしておこうって。振られた時、傷つくのが怖いからじゃないかなーって私は思ってるんですけど」
それを聞いた私は、空いた口が塞がらなかった。傷つくのが怖いって、何それ。怖いのはこっちの方だし。初めて好きになった瞬間から今日まで、私がどれだけ奏太の事を考えて、悩んで、想って。私なんて、ただの幼馴染としか思ってないかもしれないって、布団の中で泣いた日もある。明日、奏太が誰かに告白されたらどうしようって憂鬱になった日だって。
それなのに。
私の視線の先では、奏太が湊さんに何を吹き込まれたか知らないけど、顔を赤くしてニヤニヤしてる。
……あのすかたんぽん。あんぽんたん、おたんこなす。
あの締りない顔を見た私は何だか無性に腹が立って、ずかずかと奏太の傍まで歩くと思いっきり手を握った。
「うわおぅふっ!? な、なに天?」
「なんでもないっ。それよりも、プラネタリウムの時間、そろそろじゃない?」
奏太の腕時計に表示されている時刻は11時10分。開演が30分だから、もうそろそろ入ってもいい時間だった。
そうだな、と頷いた奏太は湊さんにありがとうございますと礼を言って、昴さんにも小さく頭を下げた。
私も昴さんと湊さんに頭を下げると、奏太の手を握ったまま歩き出す。奏太は顔を少し赤らめたまま困ったような表情をしてるけど、構うもんか。
「おねえちゃんたち、やっぱりかっぷるだねー」
「ねーっ」
と、後ろから優斗くんと紬ちゃんの天真爛漫な声が聞こえてきた。つい後ろを振り向くと、四人とも生暖かい目をして笑ってる。顔が一気に熱くなったから、きっと真っ赤になっているんだろうな。
どう答えるか迷っていると、不意に奏太が優斗君に答えた。
「……まだ、違うよ」
ええっ!? 私は信じられない思いで、隣で口真一文字に結んでキリリと真面目な顔をする幼馴染を見る。まだってことは、これから予定があるってこと? 奏太はそんな素振りなんて、一切見せなかったじゃん!
頭の中が一気に真っ白になって混乱する私を他所に、奏太は再び四人に挨拶をすると三階へ続く階段を上り始める。
「天? 置いてくぞ?」
「ちょっ!」
――ああもう! 三日前から考えてた私の計画が台無しじゃない!
私は頭の中で愚痴りながら、慌てて奏太の後を追った。
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