天の奏太のアルタイル

 「うわあっ、結構広いね!」

 「うん。それに、子供向けの科学館を想像していたけど結構しっかりしてるなぁ」


 あれから、私達は会話も無いままプラネタリウムのある科学館に着いた。外見は何処にでもあるビルだったけど、一歩足を踏み入れたらもうビックリ。中高生でも余裕で入れるお洒落な空間が広がっていた。

 一階部分は、受付とカフェとお土産の販売所が一緒になっていた。


 「取り敢えず、受付を済ませよう」

 「あ、うん。――ひゃっ!?」


 奏太は唐突に私の手を取ると、真っ直ぐに受付に進む。私は心の準備なんて全く出来てなかったから、情けない声を上げてしまった。


 「大人二枚で」

 「畏まりました、1,010円になります。……本日は夫婦割引デーとなっておりますが、お二人はそういう関係でいらっしゃいますか?」


 私達が手を繋いでいるのを見て、受付のお姉さんがニマニマと笑いながら確認する。うう、野次馬根性すごいな、この人。


 「あ、違います」


 そう言って、奏太はパッと手をほどいた。さっきまで繋がれていた手の温もりが少しづつ消えて行って、代わりに空調の暖かい風が入り込む。けれども、私の心はちっとも温かくならなかった。

 ……そんなに露骨に離さなくても、いいのに。


 「2階が宇宙と星の展示スペース、三階がプラネタリウムになっております。本日11時30分より、プラネタリウムにて星空観測ショーが行われます」

 「あ、見ます」

 「では、別途に一人200円頂戴しますね。お会計が、1,410円になります」


 私がバッグから財布を出そうとすると、先に財布を出していた奏太がカウンターに2,000円を置いた。受付のお姉さんはそれを笑顔で受け取ると、おつりと一緒にパンフレットを渡す。

 奏太はお礼を言って受け取ると私にパンフレットを差し出してきた。私がお金を渡そうとすると、奏太がやんわりと押しとどめた。


 「……お金、払うよ?」

 「いいよ。今日は俺持ちで。せっかくのデートだしな」

 「でっ!?」


 また、笑顔でそんな事を言う。私にとって今日がどれだけ重要な日なのか、コイツは分かっているのだろうか?

 いいや、分かっていないに違いない。だって、今だって固まってる私をほうって売店に並んでる星の図鑑を手に取って眺めているんだから。

 奏太の口にする言葉に他意は無いんだから、いちいち反応してたらこっちの身が持たない。

 腕時計の針は10時15分を指していた。プラネタリウムが始まるまでは1時間以上もあるし、その間に2階の科学館を回っていればあっという間だろう。始まる15分前に入っておけば問題ないと思う。

 奏太は結局、星の図鑑を買って戻って来た。何に使うんだろうって思ってたら、その本はプラネタリウムと一緒に見ようと思っているらしい。


 あんまり1階にたむろしているのも周りの人たちに迷惑になるので、私達は階段を上がって2階にある展示スペースに向かう。

 入った感想としては、まず薄暗い。照明を切っているのかと思ったら、どうも違うらしい。天井には天の川の様に無数の光がゆっくりと流れていた。


 「わあ、綺麗!」

 「うん。これは凄いな」


 私は奏太から離れないように、ちょっとだけ服の裾をつまむ。

 こここれは別に、はぐれるのが怖いからとそう言うのじゃ無いし! デートだからこういうことするのは当然だし!

 周りが暗くて助かった。今の私の顔、絶対に赤くなっているだろうから。


 壁に埋め込まれた液晶画面には、私の知っている恒星の画像と解説が映し出されていた。最初は、北極星。その次にうしかい座のアルクトゥルス、しし座のデネブ、青く輝くおとめ座のスピカの順番で並んでいる。確か、この三つで春の大三角形って呼ばれてるんだっけ。

 ミザールとアルゴール……? あ、北斗七星なんだ。

 私と奏太は解説を読みながらゆっくりと館内を回る。奏太が足を止めた。


 「――アルタイル」

 「へ?」


 奏太の目の前には、夏の大三角形の一角であるわし座の中心星、アルタイルが表示されていた。

 蒼く輝くアルタイルはどこまでも幻想的で、私達はしばらくその場に佇んでいた。


 「俺さ、昔からアルタイルが好きだったんだよ」


 唐突に、ディスプレイを見ていた奏太がポツリとそう呟いた。あんまり真面目な顔で言うものだから、私はおかしくなって思わず吹き出してしまった。


 「知ってる。鷲と鷹を勘違いしてたからでしょ?」


 昔の話だ。

 幼稚園に通っていた頃、私と奏太の家族が一緒に動物園に行ったことがある。その時、奏太は大きな檻の中で翼を広げる鷹に一目ぼれした。だけれども、どういう訳か奏太はそれを鷲と勘違いしていたのだ。

 小学校に上がってもその勘違いはなかなか直らず、私が家から持ってきた動物図鑑を見せることによって終息した。

 いやー、あれは大変だったなー。


 「俺は間違ってないって言って、しまいには泣き出しちゃうんだもんねー。カワイかったなー、あの頃の奏太」

 「ちょ、お前。その話はやめろよ、恥ずかしいだろっ」

 「やーだよっ♪」


 猫の手を作って小突いてくる奏太をひらりと躱して、私は二歩先を進む。奏太が近づいて来る度、あっちへふらふら、こっちへふらふら。館内に流れている優しい音楽をBGMにして舞うように、踊る様に。前後左右上下に輝く星の光はどこまでも優しくて、私はまるで宇宙そらの揺りかごに包まれているみたいだった。


 「そら

 「なに、奏太かなた?」

 「こっち」


 いつの間にか、奏太は追いかけるのを止めていた。奏太は赤い恒星が表示されているディスプレイの前で立ち止まって、私に手招きしている。促されるままに歩み寄ると、彼が今見ているのはアルデバランだった。冬に見えるおうし座の中で、最も輝く一等星。アラビア語で、後に続くものって意味を持つ。


 「まるで、今の俺みたいだ」

 「っ!?」


 奏太がそう言った瞬間、私の心臓が大きく撥ねた。自嘲的な言葉の中に、私と同じかそれ以上の重さがあったから。

 私は今の今まで、一方的に奏太を追い続けていると思ってた。そう思い込んでた。

 だけど。もしそうじゃなかったら?

 


 私は途端に怖くなって、少しだけ後退る。けれども、奏太はそれを良しとしなかった。決して強い力ではないけど、振りほどくのを躊躇う位の力加減で私の腕をそっと掴んで自分から離れようとするのを防ぐ。

 顔を上げて、幼馴染を見る。離してって、そう言おうと思ったから。でも、出来なかった。

 奏太もまた、なにも言わずに私を見下ろしていた。

 いつもの眠そうに細められた目をしっかりと開いて、眼鏡の奥に、あのアルタイルの様に何処までも透き通った光を宿して。

 真っ直ぐに。真っ直ぐに私を見つめていた。

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