空飛ぶ小鳥は、鷹にじゃれつく

 ――西暦2134年、12月25日。俗に言う、クリスマスの日。

 私こと小鳥遊たかなしそらは、大宮駅西口にいた。時刻は午前9時45分。待ち合わせ時間までは、15分ほど早い。

 昨日は晴れていたのに、今日は分厚い灰色の雲が空を覆っていた。朝のニュースでは降水確率が80%以上だったから、もしかしたら雪が降るかもしれない。

 私としては、願ったり叶ったりだ。だって、デートの日にホワイトクリスマスだよ? 女の子としては、一度は憧れるシチュエーションじゃん。

 今日の私の服装は、白いニットセーターに灰色のショートスカート。分厚いタイツを履いているので、足はそんなに寒くない。でも、気温が10度以下だからファーの付いたもこもこのコートを着てきた。奇しくも、5日前の格好とほぼ同じである。

 折角、彼方から誘ってくれたデートだから精いっぱいお洒落しようとしたんだけど、そんなことしたら風邪を引くことは目に見えてるから、泣く泣く断念したのだ。

 そうそう。昨日の夜、今日の事を家族に話したらお母さんには遂に春が来たかと喜ばれた。お父さんは、早く孫の顔が見たいと言い出した。ニヤニヤ笑う二人になんだか凄くむかついたので、お父さんが夜な夜な隠し読んでるエロ本の隠し場所をお母さんに教えてやった。

 ざまあみろ。


 腕輪型の携帯を弄りながら待っていると、駅の構内から彼が歩いて来るのが見えた。

 私の幼馴染で、初恋の人。名前は、鷹匠たかじょう奏太かなた。高校生にしては高い身長と、癖のある髪型。奏太も私を見つけたようで、自動扉を抜けて私の元へと一直線に向かってくる。

 いつもなら、ここで私の服装チェックが入る。でも、今日の奏太は少し違っていた。

 ワックスで固められた黒い髪と白いシャツの上に灰色のカーディガン。下は深い緑色のスラックスを履いている。唯一、真っ黒なジャケットと真っ黒なマフラーだけが彼の個性を主張していた。右腕にキラリと光るのは、時計だろうか。

 服に全くと言っていい程興味を持たないあの奏太が、珍しくお洒落をしているという事実に私は開いた口が塞がらない。

 ぽかんとしている私を、いつも通りの不機嫌そうな、眠そうな目で見てから一言。


 「……早くない?」


 こいつぶっ飛ばす!

 私は渾身の力を込めて、奏太の鳩尾に右ストレートをお見舞した。私の拳がお腹に当たる弱弱しい音と、ぐへぇと声を上げてわざとらしく仰け反る奏太。

 きっと、ダメージなんて全く入っていないんだろう。奏太のお腹は私のに比べて固かったし、なんだかんだでこう言う所は男の子なんだなぁと感じる。

 ……あー、ダメだ。考えていると、余計に溢れてきちゃう。私が十年間も溜め込んで来た、奏太への恋心が。今日一日、彼を独り占めできるっていう優越感が。振られたらどうしようって、心の底から湧き上がって来る恐怖が。


 ――そう。今日は、奏太に告白をしようと決めてきた。5日前にデートをして、さんざん悩んで、私の気持ちは固まったから。一人じゃ抱えきれなくてお母さんに相談したら、きっと上手くいくって太鼓判を押されてしまった。

 お母さんいわく、私もそうだったのよ、だって。告白してきたのはお父さんからだったけれど、好きになってからは私からがっついちゃったわって、そう言ってた。

 私も、そうする。奏太が遠くに行ってしまう前に、捕まえておく。恋する乙女の行動力を、見せてやるんだ。


 「……そら?」

 「え?」

 「いや、なんかすっごい切ない顔してたから。なんかあった?」


 ほら、これだ。

 私に興味なんてないくせに、肝心なところで私に優しくしてくる。そういうの、勘違いするからやめた方が良いよって言おうとするんだけど、喉まで出かかった言葉は直前で詰まる。

 その先を聞かれるのが怖いから。何でって言われて、どう答えればいいか分からないから。


 ねえ、気付いていますか? 私、アナタに恋をしています。


 「……別に、何でもないし」

 「そっか。じゃあ、行こう」


 悔し紛れに放った一言には、奏太は追及してこなかった。お互い会話のタネが尽きた所で、それを合図に私達は歩き出す。目的地は、駅から少し離れた所に在る科学館だ。昔は大宮駅のすぐ近くにあったらしいんだけど、施設の老朽化とかで移転したらしい。なんでその話を知っているかと言うと、うちの両親が初めてデートした場所だから。

 岩手県から上京したお父さんが、ここで出会ったお母さんに一目ぼれして、猛烈なアタックを掛けて付き合い始めた。初めてのデートの行き先が、今から行く科学館という訳。

 まさか親子二代でお世話になるなんて、数奇な巡り合わせなんだろうって思う。


 「そら

 「ふぇっ?」


 考え事をしていた私を、奏太の声で現実に引き戻される。奏太には珍しい大きな声にびっくりして顔を上げると、私の幼馴染は些か緊張した面持ちで私にこう言った。


 「今日の服、似合ってるよ。えっと、可愛いと思う」

 「――へ」


 なになに、どういう事?

 あの鈍感な幼馴染が。私の事なんて視野に入れてないと思ってたやつが。頬を染めて、顔を緩めて、私の服を褒めてくれてる。

 ちょっと待って。ああもうえっと、返事しなきゃ。でも、どうやって返すのが良いんだろう?

 混乱した脳内が導き出した答えは。


 「あ、ありがとう。奏太も、カッコイイよ」


 という、なんともありきたりな回答だった。それでも奏太は満足したようで、一言「うん」とだけ言って私の前を歩く。その歩幅は小さく、歩くスピードもいつもの奏太にしてはだいぶ遅い。そこまで考えて、私のペースに合わせてくれているんだと気付いた。

 それが分かった時、私は物凄く暖かくなった。比喩じゃなく、本当に。身体の底から熱が湧き上がって、寒さなんて気にもならなくなった。


 ああもう。私、科学館に着く前に、どうにかなってしまいそうです。

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