空飛ぶ小鳥と、鷹は寄り添う

 私達は、参道の途中にあるカフェに立ち寄った。テイクアウトも出来るんだけど、ゆっくりしたかったので空いている席に座る事にした。

 中はそれなりに賑わっていて、殆どが女性。若い女性もいれば、参拝の途中らしきマダムの集団もいる。

 因みに、私はさんざん甘くしたホットカフェオレ、奏太はブラックコーヒーを頼んだ。一体なぜ、あんなに苦い飲み物を好き好んで飲むと言うのか。私には理解できぬ。

 それにしても、だ。さっき奏太にあんなことを言われてから、私の顔は火照ったままだ。奏太はなんだか気まずそうにしてるし、私もなんて話しかければいいのかわからない。


 「ね、ねぇ……」

 「あ、あのさ!」


 ほら、被った。普段なら絶対にこんなこと起こらないのに。気恥ずかしくなって、私達はまた黙り込む。顔も火照ってるし、体も熱い。こんなことなら、ホットカフェオレなんて頼むんじゃなかったよ。

 奏太はコーヒーを一口飲むと、意を決したように私に話しかける。


 「あのさ、天」

 「?」


 彼の表情は真剣そのもので、普段、眠そうな目がカッと開かれていてちょっとだけ怖い。きっと、何か大切なことを私に伝えようとしている。

 あれ。私、告白とかされちゃうのかな。どうしよう、心の準備なんて、全くできていないのに。


 「俺たち、プラネタリウムに行ってないよな」


 ほら北。じゃない、ほら来た。うー、私は何て返事をすれば――え?

 プラネタリウム?


 「へ?」

 「いや、昔約束したろ。俺たちが大きくなったら、自分たちだけでプラネタリウムを見に行こうって」

 「――あ、はい」


 思わず丁寧口調で返事をしてしまった。

 ……はあ。期待した私がバカみたいじゃない。いや、勝手に妄想して暴走していたのは私の方か。奏太はそんな事考えないもんね。

 それはそうと、プラネタリウムの話だ。確かに私たちは、昔そんな事を約束していた。

 あれは小学生の頃。世間ではちょうど、天体観測がブームになっていた時期だった。何故かと言うと、確か数百年に一度の彗星が地球にやって来たからだったと思う。そして、それに便乗した私たちの両親が近くにあるプラネタリウムに行こうと言い出したのだ。目的が彗星を見るんじゃなく、何故か星を見る事になっていたのは両親が勘違いをしていたからだ。

 それはともかく。私達にとって初めてのプラネタリウムは幼心を興奮させるには十分で、私達は大きくなったらお金を貯めて、今度は自分たちだけで行こうと約束したのだ。


 「約束したの、小学生の頃でしょ? よく覚えてるね」

 「まあ、結構衝撃的だったからな。あれ以来、星が好きになったし」


 呆れる私に、奏太はそう言って笑う。……ホントにもう。


 「いいよ、行こ。何時が良い?」

 「天の都合がつく日で大丈夫。あ、でも明日から三日連続でバイト入ってるんだ」


 私はバッグから手帳を取り出して、これからの予定を確認する。えーっt、明日から三日間は奏太が無理で、その後なら大丈夫。あ、駄目だ。私も友達と予定入ってる。高二最後の冬に思いっきりはしゃごうって言って、遊びに行くんだった。

 じゃあ、その次の日なら――。


 「えっと、二十五日なら空いてる」

 「おう、クリスマスだな」


 生誕祭クリスマス。世間一般では、神の息子たるキリストさんが生まれた日であるが、私達の認識ではカップルたちとそうでない者達が怨恨の限りを尽くして死闘を演じる聖端災である。まさかそんな日に、奏太とプラネタリウムに行くことになるなんて。これが友達に知られたら、血の涙を流して引き留めてくるんだろうな。私達のグループ、彼氏どころか男友達の一人もいないもんね。

 その事を思い出して小さく笑うと、《コペルニクス》を操作していた奏太が


 「え、なに?」

 「ううん。クリスマスに奏太と二人でプラネタリウムって、何かデートみたいだなって」

 「――っ!」


 そう言って笑うと、奏太は顔を真っ赤にして狼狽えた。あれ、この反応は珍しい。今までなら、一瞬言葉に詰まってから、軽く受け流す程度だったのに。私が腑に落ちないでいると、奏太の方から爆弾を投下してきた。


 「馬鹿言え。みたいじゃなくて、デートなんだよ」

 「ひゃぇっ」


 あれぇ、おかしーぞー!?

 なになになんで、どうして? あの無愛想で不機嫌で私服がダサい幼馴染二年連続ナンバーワンで、万年鈍感選手権殿堂入りの奏太が。い、今デートって言った!

 私の混乱を他所に、奏太は言いたいことを言えて満足したのか椅子の背もたれに体重を預けてのんびりとコーヒーを飲んでいる。この野郎、耳まで真っ赤な癖して、余裕ぶりやがって。ちくしょうめぇ。

 遺憾の意を込めて向かいの席でふんぞり返っている幼馴染を睨みつけると、そいつはニヤリと笑って「でも、合ってるだろ?」なんて言ってきた。合ってるけど、合ってるけども!


「~~っ」


 私の気持ちを少しは考えてよ、この馬鹿。

 さっき、境内で言われた事を再び思い出して、それで更に恥ずかしくなってきた私はテーブルに顔を伏せた。

 だって、そうでもしないと私のにやけた顔を奏太に見られてしまう。いや、奏太だけならまだ良い、私達の周りには一般客もいる。その人たちには絶対に見られたくなかった。

 少しだけ顔を上げて腕の隙間から奏太を見上げてみれば、そいつはテーブルに肘を付いてニヤニヤと私を見下ろしていた。憎たらしいっ!

 結局、奏太がそれ以上追撃をしてくることは無く、私がようやく回復したところでお開きになった。私は大宮駅周辺をぶらつき、奏太は家に帰って小説の続きを書く。

 奏太は満足そうにしていたから、これで良かったのだろうと思う。でも、次会うときは覚悟してもらおう。私だって女の子なんだよ、奏太?



 追伸。

 最後に飲んだカフェオレは、物凄く甘かった。

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