軽薄
シルクハットの馴染む紳士は、
「何をしているんだい?」
「ゴミを集積場へ持って行くんです。神国だなんだと言われていますが、ゴミぐらい出ます」
少女はとんでもなく大きな袋を顔色一つ変えずに引きずっていた。ゴミの正確な重さを袋の大きさから推測することは難しいが、少なくとも普通の少女が引きずれる重さでないことは容易に知れる。
しかしスピードはそれほど速くもなく、類推するに
「君が魔女となった理由を知りたいのだけど」
「人を誰かの劣化品という目で見る人に、わざわざお話しするほどのものではありません」
少年と言い、どうにも隠し事が多くて困る。
紳士はシルクハットを深めに被り直して、表情を僅かに隠す。
「それに私は、魔女なんて大層な人間ではないです。単なる魔女のなりそこない。そして死に損ない。中途半端な生き物ですよ」
「死霊術は魔法の中でも難易度が高い。どこで、誰に教わったんだい?」
「教わってなどいません。裏に別の魔女とか、いないので、それほど気に病む必要はありませんよ」
紳士は目深に帽子を被ってなお考えを見透かされても、表情を微動だにさせず、あくまで軽薄な笑みで居続ける。それは本来、感情や思考を読み取られないためのものだが、今はあまり役に立っていない。
そして彼女の言葉にどの程度の信頼を置いてよいのか判断できずにいる。彼女についてわかっていることは、神国の民であることと、年齢が十三と非常に幼いこと。そして少なくとも死霊術が扱える魔女であること。
齢十三というのは、この国でかつて栄えた魔女として考えると見習い期間に該当する。それもかなりの初期段階。
洗礼は受けたがまだ誰にも師事しない本当に最初の段階で、どういう理由か魔女の絶滅を避けることができた。そう考えるのが妥当かもしれない。――しかし魔女の絶滅は四年前だ。時間の計算が合わない。
年齢が偽りか、魔女であることが偽りか、それとももっと大きな嘘が隠れているのか。
「魔女の絶滅が四年前。その頃の君はまだ九歳だ。洗礼を受けるには早すぎる――。それでも君は本当に魔女のなりそこないで、それ故に死を免れた。――そう信じていいのかい?」
「ここで私から得た答えを、今度はどの程度信用していいかで悩むのでしょう? なら、どちらでもいいじゃないですか。私じゃ彼の代用品は務まりません。奪還作戦とやらに私を加えたところで神国を神国たらしめるには足りない存在です。他に必要な情報、ありますか?」
紳士は少女と出会ってから毎日、奪還作戦への参加を打診している。最初は手を探るためでもあったが、絶滅した魔女が二人も同じ場所にいて片や武器の整備ばかり、片やゴミ拾いなどに勤しんでいるわけだから、とりあえず軍部の人間である身では、戦況を全く動かせないことへの苛立ちも少しは疼く。
「君のお姉さんは、まだ生きているのだろう?」
「ええ。
「助けたいとは思わないのかい?」
この質問も毎日繰り返している。
「兵として表立つ戦力は
そうは言われても少年にはさっき振られたばかりだ。
「姉がいつまで生かされているかなんてわかりません。けれど恩人を売るほど軽薄でもないんです。彼が捕虜を助けない性格であれば良かったのに、残念でしたね。
「……彼らがいなければ、君はどうするつもりだったんだい? 百の敵兵に囲まれて武器も持たないのでは、逃げ出すことも難しかっただろう」
「どのみち、誰かと交戦したでしょう。その隙を突いて逃げ出すぐらいのことはできます。むしろ彼らのように一人も逃がす気のない人が立ちはだかって、不運だとすら感じました」
「彼が捕虜を丸ごと殺してしまう性格だったら、君も死んでいた――ということか」
「まあ、彼のように一瞬で絶命させてくれるのなら、それはそれで悪くないとも思えますけれど」
軍部というものは頭のネジが一つ二つ足りない人間が多い。殺し殺される、命のやりとりが日常になってしまえば普通の人間は、普通の人間と感覚が乖離していく。徐々にネジが外れていくのは正常な変化だ。
しかし魔術使いの少年や
彼や彼女らの背景を知ることさえ叶えば少しは違うのかもしれないが、現状では協力の取り付けようが無い。
ならば手荒でも、いっそ――。
「物騒な顔をしていますよ、軽薄な紳士さん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます