ここだけの平穏
町の軍専用施設は小振りで、特に堅牢というわけではない。石造りの民家に毛が生えた程度の建物を、警備兵を配置することで守り固めている。
「――どれほど説得されようと、ここを離れる気は無い」
他方、ローテーブルを挟んで相対する
「何度でも言わせてもらうが、港町から最も近いこの町が次の戦略的拠点として攻め込まれているんだ。港町の奪還さえ叶えばこの町も守ることができるというのは、間違っていないだろう」
あくまで軽い調子で、自己の正当性を主張する。
「ボクがいない間に急襲されたらどうする気だ。そのリスクのほうが大きい。軍は勝手に奪還作戦を遂行し、ボクは万が一のためにここの守護を担当する。それでいいだろう。そのために次々と蛮族と契約を交わして
「
「軍の威光を与えて悪化しているという話も聞く」
「魔女の消滅なんて急な話だったからね。無理はあるさ。どこかで軋轢は出てしまうが、急場を治めるための犠牲は付きものだとも言える」
「そうして犠牲になった人間やその家族は
「しかし管理しないよりはいい。戦時には力が必要だ。――しかし力にも種類がある。魔力を失った神国が武力で強引に取り返せば、神国であるからこそ他国の侵攻を受けずに保たれた百年の平和を更に脅かしかねない」
魔法は他国からすれば解明のしようが無い謎の力。故に神国と呼ばれ、武力を持たずとも侵略されない平和を築いた。
少年の主張はその根幹を覆してしまうものだ。だからこそ軍部も少年の協力無しには奪還作戦を踏み切れない。
「ああ……。普通の
国家
そこには魔法契約が用いられるわけだが、その契約を執り行う魔女が消滅。魔法による契約でなければ単なる紙切れで職業と金銭の授受を契ったに過ぎず、蛮族の蛮族らしい行動を封じる手立てとはならない。
むしろ蛮族に国家権力を与えて更なる混沌を生むことさえ、容易に考えられた。
但しこの町がある東部地域に関しては、魔術使いとなった少年が魔法契約を執り行った例も多く、蛮族の不穏な行為というものは特に表立っては聞かない。
つまり少年が全ての契約に立ち会って魔法を行使すれば問題はないのだが、神国は島国と言えど国と名乗るに相応しい広さがある。島の中央にある首都テルゲン。更に西部・北部・南部といった各地での魔法契約に少年が赴くことはなかった。
それでも東部地域に平穏をもたらしたのは彼の力があってこそだ。東部地域での国家と蛮族の契約を執り行う代償として、少年は国家と紙切れ一枚の契りだけで
故に彼は、神国への忠誠を誓わず、全ての行動を意思に基づいて決めている。
だがその意思を決定する動機が、軍部にも、
――何故それほどまでに、この町へ固執するのか。
無言の間が置かれると、その空気に耐えられなくなったのか、ここ数日の説得の間ずっと耐え続けていたのか、常に紳士の後ろで少年の行動を見張っている侍従のようだった兵が若々しい声で「失礼ながら」と前置きし、訴えかけた。
「彼が魔法を使えるということであれば、説得は必要だと思います。しかしどんな事情であれ、│
しかし訴えの中途、紳士は言葉を遮る。
「ならば君は、百の武力を無傷で殲滅できる相手に、正面から立ち向かう覚悟があるのだろうね?」
「百……」
「彼の魔法は未熟だが、それでも強大な力であることは揺るぎない。君の口にした言葉は、神国の
第一、それでは国家の中で戦力を削り合ってしまうし、
侍従のような兵は半歩下がって「出過ぎた真似をしました」と深く長く頭を下げた。
とは言え紳士にとっても、少年の協力を得る方法が見つかっていないことに変化はない。兵に放った言葉は現状の確認でしかなかった。
「…………仕方がない。これ以上の説得を試みたところで、事は難しそうだ」
そう言って紳士は愛用のシルクハットを頭に乗せ、この場を終った。
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